2021暮れ

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コロナ・音楽・師走。
2020に続いて2021もコロナ禍と言われた。
大変なことも確かにあった。
個人事業主の僕の仕事にも影響は少なからずあった。
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大変と言えば大変だった。
でも嫌なことだけがあった気がしない。
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コロナで見直すことが多かった。
むしろコロナ前に見失っていたことを
コロナで見つけ直した気さえする。
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つまりコロナ前は僕も含めみんな
群れること、数多くあることを
至上の目的としていたのかな?
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今思うと、それはなんか
幻覚剤を飲んでいたような姿だ。
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唯一無二の自分を生きるのに
なぜ数多くあることが史上なのか?
群れることは時に必要であっても
決して必須ではなかったはずだ。
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当たり前のことを善し悪し別に
中立的に扱うことができた方が
随分と楽である。楽で良いのだ。
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苦悩、苦痛、苦難は、
不意に人生に現れるが
それは幸せに必須とは限らない。
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楽をしては幸せになれないとか
楽に幸せになってはいけないとか
一体どこで刷り込まれた観念なのだろう?
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そんな意味で色んな面で2021も
目を醒ましてくれた年だった。
その年の暮れに僕は何をしているのか?
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ふと手元のレザー・クラフトの
美しさに見惚れている。
(は?なにそれ?)
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一枚目の写真。これは6、7年前に
通りすがりのお店でいきなり注文した
文庫本サイズの革カバーで
素晴らしい工芸品だと思う。
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それにしても飛び込み客の僕の
オーダーをよく聴いて下さったと思う。
その懐の深さにも脱帽する。
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そして音楽を聴いている。
この頃よく聴いているのは
フジコ・ヘミングさんと
辻井伸行さんのピアノ。
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同じピアノでも全く違って素晴らしい。
人生の味わいと慈しみを感じるには
フジコさんのピアノ。
澄んだ心の美しさを感じるには
辻井さんのピアノ。
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それに加えて聴いているのが
Muddy Waters 氏のブルーズ。
もう70年以上前の黒人音楽である。
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なぜこんな真逆のような音楽を
僕は聴いているのか?
自分でも不思議だったが
よく考えると不思議ではない。
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僕は音を聞いているのではない。
人間から生み出される音楽を
自分の心で聴いているのだ。
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だからジャンルとか、分野とか、領域は関係ない。
人間の自己表現のシャワーを浴びているのだ。
その個性が心地よい、個人の癖が美しい、可愛い。
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薄曇りの冬。小雨が寒い。
近所の工事の音。
自分の呼吸音。
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嗚呼、この瞬間さえも讃美しよう。
良いも悪いもない。
美しいし、可愛いし、素晴らしい。