医師 黒木 弘明

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二〇二四年 四月二七日(土)

綴りごと 想いごと

自分への祈り


何か足りないかも?
と感じていたんですが


それは祈りでした。


自分に捧げる祈り。
つまり、自分へのご挨拶でした。


体という自分。
精神という自分。
そして今ここに居る私。


体という自分に逢いに行く。
体を動かして温めてゆくと
体という自分の声が聞こえる。


精神という自分に逢いに行く。
感情を鎮めて閑かに黙想してゆくと
精神という自分の声が聞こえる。


体の声と精神の声こそは
最も身近な友人の声。


自分への祈りとは、
自分への挨拶。


挨拶とは、承認。
承認こそ、受容の母。
受容は、愛の扉。


自分への祈りを忘れると
自分への承認を忘れがちだ。
ついには自分への愛を忘れがちになる。


仕事も大事。生活も大事。家族も大事。
あれもこれも大事マンブラザーズ。


どれが本当に大事なのか?
分からないうちに一日が終わる。
分かりたくないから
何かに没頭する達成感で気分上々。


生活をしているのは自分。
仕事をしているのも自分。
自分だって家族の一員だ。


自分が居るからこそ
全ての経験が成立するということを
忘れずに居たい訳である。


自分という源
を大切にする意味でも
自分に祈りを捧げたし。