背中を見せる
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人を育てる手法として、
よく「背中を見せる」と言うが、
もし本当に背中を見せたいならば、
まず貴方が相手から見て
『背中が見える距離』に居なければ、それは成立しない。
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貴方が単に、貴方の広背筋とか
貴方の肩甲骨を見せたいだけなら
相手からそれが見える物理的な距離に居れば良い。
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しかし、それ以上に貴方が
自分の行動、生き方、在り方、さらに
幸せの扉の開け方を伝えたいのならば、
心理的な距離を意識することを勧める。
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心理的に遠い距離とは、
相手が貴方のことを怖がったり、
尊敬できなかったりする時のことだ。
躾と称して相手を畏怖させるほど、
心理的な距離は遠くなり、貴方の背中は
ますます見えなくなる。
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心理的に近しい距離というのは、
相手にお世辞を使うことでも
無目的に甘やかすことでも、
モノや金を使って従属させることでもない。
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相手を尊敬すること
それが心理的に近しい距離を生む。
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たとえ乳幼児であろうと、児童であろうと、
新入社員であろうとも、中年であろうと、
関係ない。相手に敬意を払うのである。
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相手の素晴らしい所に着目する。
自分には真似できないような
相手の特異点を見つけるのだ。
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もしもそれが見つからない場合や、
自分が全てにおいて相手に勝ると感じる場合、
貴方の自分育ては、ゼロ点である。
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相手をリスペクトしていなければ
相手に背中を見せることなど出来ない。
貴方が相手を心からリスペクトして、
相手と心理的に近しい距離になった時はじめて
相手に貴方の背中が見える。
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そして貴方が人生の扉を、楽しそうに
開けてゆく様子を相手に見せることで
人生の味わい方を伝えてゆくことができる。
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指示、命令、躾、規則遵守…
そればかりいくら教えても
人生の味わい方が分からない子が増えるだけ。
所属するチームの中だけで挨拶をして、町の中で
礼儀正しくできない子を増やしても仕方ない。
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社会の厳しさなど教える必要などない。
放っておいても自分で感じる時が来る。
意地の悪い洗礼はトラウマティックな洗脳になる。
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大人たちよ、本当に大人なら、
誰であろうと相手をリスペクトして
しっかり背中を見せよ。
命を謳歌する姿を見せよ。
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もしもそれが難しいのなら、
プライドを手放して、素直になって、
今一度、自分を育て直そうではないか。
色んな人の手を借りて、自分を育て直そう。
それは恥ずかしいことでも何でもない。
むしろ勇敢な背中として映ることだろう。
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そんな素直な人間の背中の方が
これから花開こうとする子たちには
はっきり言って見えやすい。
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人生の恐ろしさを植え付けるのではなく
人生が如何に美しいものであるか、
人間が如何に素晴らしいものであるか、
その命がどれほど貴重なものかを伝えよう。
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自分と向き合い、自分を育て、
自分の中の怖れの扉を開けてゆけば
人生を味わうことができることを証明し、
人生には希望があると言う真実を見せよう。