医師 黒木 弘明

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二〇二四年 五月五日(日)

綴りごと 想いごと

肯定する

今日は僕の話を。

僕は頼まれて講演や教育研修をやることがある。


まず条件を確認して、問題なければ
その次に内容を打ち合わせる。


ここが最初の山場。
大体「〜〜な内容でお願いします」
と依頼されるけど、それは
話を聞かせる側の意見。


大切なのは話を聴く側にとって
ワクワクする内容になるかどうか。


どんなセミナーも教育研修も
話を聞かせる側と、話を聴く側の間には
何らかの溝がある、ギャップがある。


それを埋めるのは
僕ということになる。


だから、僕がそのギャップを
埋めることができるイメージが湧くまで
打ち合わせをする。


それから講演、研修内容の
制作に取り掛かるが、これが
相当な産みの苦しみ(であり楽しみ)。


話の流れを創りながら
未だ見ぬ聴衆のことを想いながら
内容を練っていく。一日じゃ終わらない。


こうして、ようやく完成した講演内容。
そして、本番を迎える時が来る。
僕は自分の創作物に最後の手を入れる。


それが噺し、話し、喋り、トークだ。
ここが大切。プレゼンテーションではない。
話し手は僕一人でも聴く人がいる限りは
これはコミュニケーションだ。


要するに、僕は自作自演。
脚本、演出・主演を
自分で務めることになる。


しかし、どれだけ僕がたくさんの時間と
エネルギーを込めて創ったとしても
その講演・研修は一回こっきりのこともある。
勿体ないなぁって思うこともある。


一回こっきりのライブみたい。
そのためのセットリスト・アレンジ・演出。
初日であり千秋楽。


これがマックス緊張する。
紅白歌合戦をよく見てご覧。
わずか一曲だけで勝負するのが
どれだけ大変か!


本番前に緊張している自分を見て
なんだか特別に小心者のような気がするけど
実はそんなことはなかった。


どんな表現者もみんなそう。
コンサート・ツアーの初日
歌舞伎や演劇の初日
どんな大物でもみんな緊張してる。


亡くなった中村吉右衛門さんも
現役バリバリの矢沢永吉さんも
みんな緊張してる。それが普通。


それを知ると
なんだか緊張している僕が
可愛く思えるから不思議だ。


緊張したり悩んだり、
その行為自体は消えなくても、
手放して捨てることを選ぶことはできる!
ということだ。


そして緊張したり、トチったり、
聴衆の反応が乏しく思えた講演に限って
後の反響がすごく大きかったりする。


完璧さよりも人間らしさの方が
心には沁み渡るということだ。
だって人間なんだもん。そりゃそうよ。


僕はまた来年も、何度も初日を迎えるだろう。
その都度、繊細な僕は緊張するだろう。
それでも僕は、その体験に感謝するだろうな。


ということで、
今日は僕のお話でした。


緊張したり、悩んだりすることは
無理に消さなくても良くて
むしろ肯定する方が早く手放せるかもよ!
というお話しでした。


ちなみに写真は、
頂きもののアイス・バーです。
(また頂きものか😆)