医師 黒木 弘明

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二〇二四年 三月二九日(金)

綴りごと 想いごと

父の時計

 

この時計は、私の父が社会人になる記念として、

祖父から買ってもらったものだそうです。

この時計をつけて父はずっと仕事をしていたそうです。

その後、社会人になった父と母が結婚し、

私が生まれましたが、比較的早く離婚したこともあり、

私はこの時計のことは全く知りませんでした。

父と私は、しばらくの間生き別れの形で、

音信不通でもありましたから。

 

 

 

それでも両親の離婚から20年ほど経って、

私は意を決して父に逢いに行きました。

今年の2月に亡くなった祖母が

「あんたも二十歳を過ぎたから、

どうするかは自分で決めなさい」

と父の連絡先を密かに教えてくれたからです。

当時学生だった私は少し動揺しましたが、

勇気を出して私が父に逢いに行くと、

父はとても喜んでくれて、

その際にこの時計を私に譲ってくれました。

それが2001年のことです。

 

 

 

しかし、私はこの時計が偽物ではないか?と思い、

長らく余り使っていませんでした。

その理由の一つは、まずこのメーカーにしては、

控えめ過ぎるデザインだったこと。

そして、時計の風防に傷が入った際に、

修理を正規店にお願いに行ったら、

店員さんに微妙な顔して断られたこと。

もう一つは、このモデルをインターネットで探しても、

ほとんど見つからなかったことです。

 

 

 

偽物認定を宣告されるのが怖かったのですが、

このほど経験豊かな時計屋さんに

この時計を見せましたら、

「ああ、大丈夫ですよこれ本物ですよ。

うちも過去に一本だけ扱ったことあります。

結構レアな時計です。

だからネットで見つからなかったんでしょうね。

60年後半から70年代のものです」

とのことだったので、先日はじめての

オーバーホール(分解修理)※に出しました。

 

 

 

※機械式時計は、数年に一度は

分解修理を行う必要がありますが、

しっかりメンテナンスをすれば、

非常に長く使えることで知られています。

 

 

 

おそらく父は、オーバーホールを

殆どしていなかったと思うので、

時計は普通に動いてはいましたが、

中身は、かなり痛んでいるだろうなぁ

と私は内心、覚悟していました。

が、実際には僅かなパーツ交換のみで済み、

この時計の頑丈さに大変驚きました

 

 

 

分解修理から帰ってきた時計と

そのシリアルナンバーを調べたら、

1973年製であるようでした。

製造から流通も考慮すると、

確かに、父の卒業時期に非常に合致します。

 

 

 

その父も4年前に他界しましたが、

今こうして私の手首で一緒に過ごしています。

譲り受けた時は私も若くて、

この時計を活かしきれなかった気がしますが、

今なら心身共にしっかりフィットすると思います。

 

 

 

そして、いつの日か、この時計を

私の子どもに譲る時がやって来るかも知れません。

お父さん、愛の循環を教えてくれて、ありがとう