医師 黒木 弘明

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二〇二四年 五月五日(日)

綴りごと 想いごと

愛か怖れか

そういえば以前の僕は、自分の未来を怖がっていた
そんな時期があったっけな。


最初は何となく落ち着かないだけだったが、
生活とか仕事とかが忙しいからだと思っていたし、
そんなもの、放っておけば収まると思っていた。


しかし一向に落ち着かない。
ある時、ふと自分で気づいた。
「あれ?僕は何かを怖かっているな?」と。


自分が何かを怖れていることは分かっても
一体何を怖れているのかまでは、
皆目分からなかった。


自分が何を怖れているのか?
僕を怖れさせる奴は誰なのか。
その正体を突き止めてやる…


と息巻いても全く見つからなかった。
というか、探すことさえも怖かったのだろう。


僕は何かを怖れていたし、
何かが僕を怖れさせていたが、
怖くてそれ以上、踏み込めなかった。


それでも自分からだけは目を離すまい、
と思って自分の様子を見続けてきた。
すると次第に、ある事実が明らかになった。


怖れが強まる時、僕(彼)は怒っていた。
怖れが近づくと、不機嫌になっていた。


そう、不機嫌や怒り、違和感に心配と不安、
これらは怖れが近づいていることを知らせる
アラーム音のようなものだった。


アラーム音が鳴る度に僕(彼)は何かを怖れて、
どこかへ逃げようと走り去っていたので
その僕(彼)を自分で追いかけて行った。


そこで僕は僕(彼)を目撃した。


怖くなった時、彼は自分の心の中の
深い森の中に走って逃げ込んでいた。
森の奥にある大木の中の洞穴・樹穴の中で
体操座りをして、怖れが通り過ぎるのを
ただ独り震えながら、涙を堪えながら待っていた。
助けを呼ぼうともしていたが、怖くて声も出ず
仮に声が出ても、森の深さで誰にも声が届かない
と思って諦めていたようだ。


彼が怖れていたものは色々あった。
僕はその一つ一つを取り去ることで
彼の怖れを無くしてあげようとしたが
取れば取るほど、次から次へと出てくる。


この作戦は間違っていたようだ。
やはり彼と直接話しをしよう。
そう思って僕は彼の所に行くのだが、
彼は、そう簡単には心を開かない。


「君は僕の一番近くに居たはずなのに
家族、勉強、仕事や社会を口実にして僕から逃げて
僕をこんなにも長く独りにさせたじゃないか!
この森に入ることができるのは君だけだったのに!」


そう彼は言った。
僕には、うなづくしか出来なかった。
それでも彼が心を開くまで
僕は彼の森の中に通い続けた。


どれだけ時間が経ったかは分からないが、
ある時、僕と彼の間に繋がる通路が
できていることに、僕は突如として気づいた。


彼が感じていることが
彼が言わなくても、彼が隠しても
僕には分かるようになったのだ。


そこで彼が何を怖れていたのかが
ようやく分かった。


それは彼自身の未来であった。


未来のことが不確かで分からないから
彼は不安を感じ、困惑していた。
未来が把握できない自分に自信を失っていた。


彼は、未来・未知に対する怖れを無くす為に
未来を予測しようとしていた。
知識や経験や努力や情報を詰め込むことで
未知を既知にして、未来を予測しようとしていた。


しかし、そんなことをすればするほど
彼は主体性と自分軸からかけ離れてゆき
その結果、どんどん未来が怖くなっていた。


そこで僕が言った。


「ねぇ僕。そんなに焦って
君の未来を埋めなくても良いんだよ。
君の未来を決めるのは
知識や予言や世界情勢ではないんだよ。
君自身なんだよ、分かるかい?
君が決めて良いんだよ。
さぁ、僕の手をとってこの樹穴から出て
僕と一緒に歩こう。
そして君の未来の話しを聴かせておくれ。
一緒に未来を描いてゆこうじゃないか。」


すると彼は泣きじゃくりながら
大きな樹穴からゆっくり出てきて
僕の手を強く握って、僕に抱きつきながら
本当にゆっくり一歩ずつ歩き始めた。


今彼はこう言う。


「怖れを体験したことで愛が分かったよ。
とても良い体験だったな。
僕が怖れていた未来。
その未来はもう来ているんだ。今ここに。
僕の手のひらの中に未来があり、
今この瞬間に僕は未来を生んでいる。
素敵な未来を生み出したい。
素敵な未来の地球を生み出したい。
それが最大の僕のアート作品になるだろうし、
この遊びが最も人類に貢献することになるのさ。
この遊びのルールは簡単。
愛か?怖れか?
全ての瞬間でどっちを選ぶか?
どっちを表現するか?
ただそれだけなんだよ(笑)。」