医師 黒木 弘明

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二〇二四年 五月二日(木)

綴りごと 想いごと

感情の調節

近くに居る人が問題を抱えると、

そばに居る人も同じように(或いはそれ以上に)

混乱してしまうケースは、家庭でも職場でも

非常に多く見られます。

 

 

私はこれを

「心がハウリングを起こしている」

と呼んでいます。

※ハウリングとは、マイクとスピーカーを

近づけた時にキーン!と鳴る状態のこと。

 

 

たとえば、
お子さんが学校に行けなくなると
小パニックを起こしてしまう親御さん。
スタッフが仕事を上手くできなくなると
興奮と混乱が収まらない管理監督者さん。

 

 

「何だこんなことになったの!」
「甘えずに、ちゃんとしなさい!」
と、苦しんでいる本人を叱咤します。
(すると苦しむ本人から安心な場所が無くなり、
問題は複雑化してゆきます。)

 

 

この人たちに共通しているのは
「こんな状態にしたのは私なのか?」
と心のどこかで自責の念を感じていること。

 

 

親として自分は失格なのか?
上司として自分は間違っていたのか?
と(心の奥底で)感じているようです。

 

 

ですが、親御さんや上司は自分のせいとは
思えないし、思いたくないので、混乱興奮しながら、
苦しむ当事者を責めながら、抵抗しているのです。
「違う!私のせいではない!」と。

 

 

それでも、どんなに相手を叱咤しても
親御さんや管理監督者の頭の中には
自責の声が聞こえます。

 

 

「やっぱり自分のせいなんだ」
「やっぱり自分が間違っていたんだ」
「自分は失敗したのか」
「また自分の価値が下がったのか」

 

 

この自責に苦しむ親御さんや
管理監督者の話をよくよく聞くと、
また別の共通点が見つかります。

 

 

それは
「幼少期に親から責め続けられたこと」
「いつも自分が悪いと思わされてきたこと」

 

 

親は道徳教育、躾のつもりでしょうが、
子どもにとっては、いつも自分が悪い、
と言われるのは、とても悲しいこと。
自分の存在意義が減ってゆくことです。

 

 

そんな悲しみを抱えたまま、我慢して
何とか大人になる人は沢山居ますが、
その人が親や管理監督者になって
近しい人に何か想定外のことが起きた時、
「今回もお前が招いた事態だ、お前が悪い!」
と言われている気がして、混乱するのです。

 

 

極端に言うと、親や管理監督者の側にも
幼少期の心の傷、トラウマがあって
感情が調節出来なくなって居ます。

 

 

子どもを傷つけてしまう親は
自分の親から傷つけられた子でした。
部下を傷つける上司は
自分の上司から傷つけられた社員でした。

 

 

目の前で起きる想定外の出来事で
やむを得ず感情が爆発してしまい、
家族や子ども、職場の仲間たちなど
近しい人を傷つけてしまい、その結果として
心の傷が連鎖することもあります。
何も悪気は無かったのに…

 

 

親から子へ、子から孫へ
経営者から管理職へ、管理職から一般職へ
知らないうちに心の負債が連鎖してゆきます。

 

 

自分が育てられたようにしか育てることができない。
悪気が無いから、何があったのか分からない。
そんな風に、家庭や職場で連鎖している気がします。
誰も悪くはないのですが。

 

 

私は今の世界には、このように世代間で
連鎖してしまった心の傷が累積して、
若年世代に発露しているような気がします。
そしてその若年世代は限界に来ている気がします。
誰かがどこかで、この連鎖を止めなければ。

 

 

社会に耐えられない若年層へのケアと同時に
ハウリングしてしまう親御さんや職場の管理監督者も
ケアをすることで、少しでも心の傷の連鎖を減らし、
家族や職場を「お互いを傷つけないコミュニティ」
にしてゆく必要性を感じています。

 

 

問題を抱えるお子さんをケアする際は
同時並行で、別途その親御さん・ご家族のケアも
必要だと考えています。

 

 

また、実現は容易ではありませんが、
会社や職場も、心が接触するコミュニティなので、
(仕事とは直接関係なくとも)個人の心の傷のケアは
必要だと考えています。心の不調による休業や、
生産性の低下、ハラスメント、労使トラブルなどを
低減できるものと考えています。