医師 黒木 弘明

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二〇二四年 三月二九日(金)

綴りごと 想いごと

金継ぎ

 

以前、とある方に言われました。

「あんたらの仕事は、病気になった人を

元通りに戻すことやろう?」と。

仰りたいことは分かりましたが

それは私の感性と異なっていました。

 


その方が言う「元通りに戻す」と言うのは

病や苦難などの体験をする前の状態に戻すこと、

つまり、その体験をしなかったかのように戻す

と言う意味でした。

 


もしそれを望むのであれば、

タイム・マシーンの研究開発に寄付をされるか、

マーベル・コミックのドクター・ストレンジが

持っていたタイム・ストーンを手に入れるか、

そのどちらかです。

 


私の仕事は『心の金継ぎ』のお手伝いです。

金継ぎとは、割れや欠け、ヒビなどの

陶磁器の破損部分を漆によって接着し、

金などで装飾して仕上げる修復技法のことです。

 


たとえ人間の心が折れても、欠けても、
その体験を、

その後の人生の糧(発見・深化・変化の契機など)に

繋げる作業のお手伝いであって、

あるいは、その体験を活かして

『その人の味(素敵な個性の一部)』に繋げる作業の

お手伝いであると言って良いのです。

ですから、悩み多き人が苦悩を免れるための

逃げ道づくりや、記憶のリセットとは異なります。

 


男女共に日本人の平均寿命が80歳以上となった今、

短くない人生の途中で、

一度も心が折れたり、欠けたりしないということは

まず無いと考えます。

むしろ心が折れるのは、人生の必須だと考えます。

 


驚くほど繊細な人間という生き物として、

この地球で人生を生きている私たちに必要なのは、

タイム・マシーンやタイム・ストーンではなく

実は『金継ぎ』ではなかろうかと、

私は密かに思うのです。

 


なお、『心の金継ぎ』の接着剤として

必要なのものは『愛』です。

そして『心の金継ぎ』の素晴らしい所は、

破損前よりも大きくなることが可能である、

豊かになることが可能である、

ということです。