怖れとは
…
…
私は常々こう申し上げています。
…
…
何か自分にとって不都合、不具合があった時、
その時こそ「自分との対話」をする好機です。
…
…
極論を言うと、
あなたの身に起きた不都合、不具合は
あなたの中の「怖れ」にも起因しているのです。
…
…
そして、その「怖れ」に対処できるのは
他人ではなく、自分しかいないのです。
「自分との対話」が最大の薬なのです。
…
…
では、あなたの中の「怖れ」とは何者か?
…
…
これは、あなたの心や感受性を覆う
度の強い色眼鏡のようなものです。
…
…
あなたから見える世界を
原色ではなく、別の色にしてしまうものです。
…
…
例えば、誰かから親切にされたとしても
あなたが「怖れ」と言う、
度の強い色眼鏡をかけていたならば、
人の親切も素直には喜べず、
誰かに愛されていたとしても、
その愛を受け取ることに苦しみ、
自分をも愛することにも苦しむかも知れません。
…
…
つまり、あなたの中の「怖れ」によって
あなたの感受性が一部誤作動を起こし、
その結果、あなたが生き苦しくなってしまいます。
…
…
ここで良くある質問が、
それはストレスではないですか?
と言うものです。
…
…
では「怖れ」と「ストレス」は
どう違うのでしょう?
…
…
一般的なストレスの例を出して
その違いを論じてみます。
…
…
よくあるストレス。
それは人間関係です。
つまり、嫌な人のことですね。
…
…
あなたにとって嫌な人との関わりは
さぞストレスを感じるものでしょう。
ストレスを感じるあなたは、
胃が痛くなったり、不機嫌になるでしょう。
…
…
だから、その嫌な人は
あなたのストレス(の源)でしょう。
…
…
では、なぜその人が嫌いなのでしょう?
その人の言動、振る舞い、考え方から人間性まで
なぜあなたは嫌いなのでしょう?
…
…
そこに関与しているのが「怖れ」です。
…
…
違いがお分かりですか?
怒り、悲しみ、嫌悪感などの感情を
あなたに抱かせる、引き金となる出来事や人物が
ストレス源。
…
…
それらのストレスを感じるようになった、
あなたの感受性を造っているのが「怖れ」、
という訳です。
…
…
「ストレス源」は、自分の外にあり、
「怖れ」は、自分の内にあるのです。
どちらにも対処が必要です。
…
…
さて、人間が「怖れ」を抱く時は、
大きく分けて2通りあると、私は考えています。
…
…
一つは、自分の命が危うくなる時。
二つ目は、自分の存在意義が危うくなる時。
…
…
この二つのいずれかを感じる時、
人間は「怖れ」を感じるのだろうと、考えます。
…
…
そして、厄介なことに
あなたが過去のどこかで強く感じた
嫌な出来事、嫌な人物との関わりのうち、
あなたの中で消化できなかったもの、
納得できなかったものなどは、
あなたの意思とは無関係に、
あなたの中に深くインプットされているようです。
…
…
あんな体験は二度としたくない!
次からは、あんなことにならないように
事前にストレスを察知して、回避するんだ!
…
…
こうしてインプットされた「怖れ」は
あなたを守るために、あなたの感受性に
度の強い色眼鏡を装着するのでしょう。
…
…
生きていれば辛いことはあるのは当たり前のことだ!
と、鼻で笑う人もいるでしょうが、
その都度、自分でも気づかないうちに、
度の強い色眼鏡をどんどん着けているのです。
…
…
あまりにも色眼鏡を着けすぎると
どうなりますか?
…
…
そうです、原色が分からなくなります。
おまけに、度も強すぎるので、
世界が歪んで見えます。
だから、やがて生きづらくなります。
生きるのが苦しくなります。
…
…
この状態で、あなたの嫌いな人を
1人や2人、目の前から消し去ったとしても、
次に出逢う人も、度の強い色眼鏡で見ることになります。
…
…
お分かりですね?
この度の強い色眼鏡を外さないことには
あなたに見える世界は変わらない、と言うことが。
…
…
相手をいくら変えても、
あるいは、世界をどれだけ作り変えても、
色眼鏡が着いているうちは、
それは栓無きことだということです。
…
…
それでも多くの人は、ストレスを感じた時
ストレスを感じさせたものを排除しようとします。
…
…
確かに、ストレスの元を排除すれば
一時的にストレスは軽減され、
効果があったように見えますし、
ストレス削減に成功した!と思ってしまうでしょう。
…
…
しかし、そのままでは、必ずと言って良いほど
再び似たようなストレスが現れます。
色眼鏡をまだ着けていているのですから。
…
…
そうやって、無限に自分の周りから
ストレスを排除しているようで
結局は、同じことを繰り返している。
それでは、生き苦しさは変わりません。
…
…
だから、この色眼鏡を外しにかかるのです。
自分で「怖れ」と向き合うのです。
…
…
あなたの色眼鏡を外すことができるのは
あなただけです。
…
…
あなたの着けている色眼鏡の存在に気づくのは
自分との対話の中です。
…
…
だから、私は申し上げます。
…
…
何か自分にとって不都合、不具合があった時、
その時こそ「自分との対話」をする好機です。
…
…
自分との対話をして、
まずは自分の中の「怖れ」を見つけましょう。
…
…
自分が着けている色眼鏡を外すこと、
すなわち、「怖れ」を手放すこと、
それが出来るかどうかは、一旦脇に置いて、
まずは「怖れ」を探しましょう。
…
…
そのために「自分との対話」をしましょう。
…
…
あの人が嫌いだ!
なぜだろう?
あの言い方が嫌いだ、人として許せない!
あの言い方のどこが許せないのだろう?
あの人を見下したような言い方、態度が酷い!
なぜ見下されると、私は嫌なのか?
あんな言い方をされると、私はすごく怒りを感じる
あの言い方が妙に気に障る!
なぜだろう?
…
…
↑あくまでも参考↑
前述の「怖れ「を抱く理由の二つ目、
見下されたような言い方によって、
自分の存在意義が危うい!と感じたのかも知れませんね。
ではなぜ、あなたは他人の言葉で
自分が危うい!自分が虐げられている!と感じるのか?
なぜその場から立ち去れないのか?
と自分との対話を続けるのです。
…
…
こういう形で、あなたのストレスを
単に「嫌だから!」「嫌いだから!」
「ムカつくから!」「イラつくから!」で済ませず
なぜそう感じるのか?を検証するのが
成熟した「自分との対話」です。
…
…
そこに必ず、「怖れ」があるはずです。
いえ、正確には
心の奥底で「怯えている自分」が居るはずです。
…
…
あなたのストレスを辿っていくと、
あなたの心の中で
「幼い子どものように、何かに怯えているあなた」
が居るはずなのです。
…
…
その子が泣きじゃくっている状態、
泣きじゃくって、何を言っているかも分かりません。
それが「怖れ」を抱いている状態です。
…
…
心の中に「怖れ」がたくさん蓄積していると、
心の中が泣いている子どもだらけで、収拾がつかず、
生きることが苦しくなり、生きることが難しくなります。
…
…
生きる中で「怖れ」を感じ、
自分を衛るために「怖れ」を記憶したのに、
それが蓄積すると生き苦しくなる、私たち人間。
…
…
なんとも皮肉な話です。
お世話に手間のかかる生き物ですが、
可愛い自分なので、やむを得ません。
お世話しましょう。
…
…
とにかく、歓びを持って生きることを目指すならば
人間は定期的に「怖れ」を出していく必要があります。
…
…
そろそろ「怖れ」が限度いっぱい溜まりましたよ!
このままだと誤作動が酷くなるので、
今から「怖れ」を出す作業を始めてください!
と知らせてくれるアラーム、それがストレスです。
…
…
怖れ、怖れ、と言っていますが、
なんのなんの、結局は自分です。
化物ではありません、怖いものではありません。
…
…
自分を衛るために覚えた「怖れ」が消えたら、
また自分は再び弱くなってしまうのでは?
という疑問もあるでしょうが、
実は、それも「怖れ」です。
…
…
蓄積すると人生を誤作動させる「怖れ」であっても
怖れを恐れず、憎まず、恨まず。
そのための対話をゆっくり始めるのです。
…
…
ひとまずは「ストレス」と「怖れ」の違いを
改めて申し上げました。
…
…
怖れを抱いている自分との対話については
この次にいたします。