心良き平凡時間
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銀行に行った、自転車を停めた。
なんだか視線を感じる。
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ふと見上げると、さっき僕が横断歩道で
追い抜いた貴婦人が、明らかにこっちを見ていた。
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「あ、どうも」
僕はまるで、浅草フランス座で
働いていた時代の北野武のように
首で会釈してしまった。
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「素敵な自転車ね」
と貴婦人は言った。
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「え、あぁ、ありがとうございます。
あのぉ、折り畳み自転車なんです」
とまたしても僕は世間慣れしてない声で返答した。
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僕がATMの前で並んでいたら
しばらくして、さっきの貴婦人がやってきた。
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「あの自転車、外国のようね?」
と仰る貴婦人。あの後しばらく
僕の自転車を観察していたようだ。
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「え?あぁ、まぁ、そうなんです。
イギリス製🇬🇧みたいです」
貴婦人の鋭い着眼点に僕はたじろいだ。
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「そうよね、やっぱりそうよね。
うん、とても似合ってるわ」
と僕の装いを見ながら貴婦人が言う。
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ATMが空いた。
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「あ、どうぞお先に」
何故か譲ってしまう僕にも理由がある。
さっき横断歩道で僕が追い抜いたから
本来は貴婦人の方が先に銀行に着いていた筈
だからATMも先に使う権利がある、と思ったのだ。
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「いいのよ、急ぎじゃないから」
と貴婦人。
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「いえ、いいんです、僕も急ぎじゃないんです」
どっからそんな台詞が出るのか僕は。
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そういえば、ここのATMに来ると
時々、身も知らない貴婦人たちに
声をかけられる気がする。
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でも褒められて素直に嬉しかったな。
こんなにも思いがけなく
心が晴れたのは久しぶりだ。
これぞ人生の醍醐味の一つだ。
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それにあの貴婦人の言い方が
天国のおばあちゃんに少し似ていた。
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気づくと僕の胸の奥の方が温かくなっていた。
ありがとう人生。