心を守る
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皆さんは心をどう捉えていますか?
心って何でしょうか?
私が思うに、私たちの心は混成物です。
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心の中には喜怒哀楽の感情もあれば、
生来の良心もあれば、とめどない欲もあれば、
身体や臓器から生じた影響もあれば、
他人から浸透した影響もあれば、
人生から学ぼうとする純粋な意欲もありますし、
根源的な私たちの魂に接している部分もあるでしょう。
このように心は色々と混じっているのです。
私たちの心は色んな物の混成物でしょう。
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しかしながら、それに気付かず、
心をただそのまま放置していると、
どれが感情で、どこからが欲で、
どこからが良心なのかが分からなくなりそうです。
これが私たちの混乱の元です。
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心の向くままに生きる、
とは聞こえは良いですが、
その前に自分の心を捉えなければ、
自分自身が心に振り回されてしまう。
それくらい心には大きな力があります。
自分の人生なのに、自分が主ではなく
自分の心に混じる感情や欲に
支配されてしまうことさえあります。
それは自分を見失った状態であり、不自由です。
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そんな面倒な心が何故あるのか?
もっと人生を簡潔にできないか?
と思う人も多数居られますが、
そこは私たちの要望の通る場所ではなさそうです。
そんな難しさがある心と私たち人間は、
常日頃共に生きているのです。
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ですから日々の生活の中で、
自分の心を捉えようとする。
手で掴むように捉えられなくても、
まずは見つめる所から始める。
自分と向き合うことから始める。
自分の心と対峙する。
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これが著書の中で私が言うところの
『自分をお世話すること』であります。
またそれは『セルフケア』の始まりであり、
ひいては『セルフラブ』でもあり、
愛であり、これを辿っていくと
釈尊が法句経の中で言う『心を守ること』
ではなかろうか?と中村元先生の解説に触れて、
このほど思いました。
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自分をお世話して、自分の心を守ってあげる。
それによって心と同居する自分を
自由にしてあげるのです。
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かくいう私も、
心を持った人間という作業に、
ほとほとくたびれることも多々あるのですが、
それでもそれが憎めず、
どこか愛らしささえ覚えるのです。
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皆さんが自分の心を守ること
それを応援することが私の生業の一つでもあり、
ご縁があった人の伴走者として
共に教わり学んでいくのが、私の歓びでもあります。