医師 黒木 弘明

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二〇二四年 四月二四日(水)

綴りごと 想いごと

写し鏡

全ての人とは言いませんが、自覚の有無を問わず、
多くの人が写し鏡と葛藤しているように感じます。


写し鏡とは、これまでの人生の中で
不納得だったものや、やむを得ず
刷り込まれてしまったものが有り、
それを知らず知らずのうちに
目の前の生活環境、人間関係の中に
投影してしまうという意味です。


写し鏡の元となる不納得だったことや、
刷り込まれてたものとは、
幼少期〜青年期の親子関係や出来事に始まり、
成人後の生活(仕事や人間関係)で身につけた
自分に不一致な人生観や生き方などです。


それらの投影するというのは、例えば
父親/母親に対する不納得を
目の前の男性/女性との人間関係で解消しようと
理想形を求めたり、望んだりすることですが、
逆に目の前の男性/女性の中に
父親/母親と似たような要素を感じた途端に、
激しく怒る、落胆する、抵抗する等の反応が出ます。


例えば、
父親/母親みたいな男性/女性が嫌いなので
全く違うタイプの人を選んだはずなのに、
段々と相手が父親/母親のようになってきて
どんどん苦しくなってきた、とか


自分が嫌いな大人のようにならないように
生きてきたはずなのに、気づくと
周りには嫌いな大人ばかりに囲まれていた、とか。


傷ついてきた自分だから人を傷つけたくない、
人の助けになりたい、人を癒したいと思っていたのに
気づけば人を傷つけていた、とか。


つまり、現実ではない幻影の中に
リアリティのある癒しを求めては、
それが叶わないので、落胆や怒りを
繰り返すので、生きる苦しさが抜けないのです。


しかも難しいことに、苦しい時というのは
自分が写し鏡と葛藤している、幻影と戦っている、
という事実を真正面から素直に認めることが
中々出来ません。


それどころか狡猾なキャッチコピーの方に
無意識に親近感を覚えてしまいます。
地道な努力による自分の軌道修正よりも
労少なく、劇的なマジックを期待してしまいます。


自分の心の痛い部分に触れるような分析結果や
アドバイスなども受容することが難しく
仮に、正しいことをいくら指摘されても
「私には合わない」
「私には該当しない」
「あの人はハズレる」
と突っぱねてしまうことが多々あります。


仕方ありません。
大人になったとしても
心の中で反抗期が続いているのです。
私は笑顔で見送ります。


反抗期の子に何を言っても
突っぱねるか、逆らうかするので
全くもって一筋縄ではいきませんが、
大人の心の反抗期の方が長く複雑なのです。


ひょっとしたら、今のあなたが抱く
生活環境や身の回りの人への怒りや葛藤は
あなたの過去に対する不納得の写し鏡かも知れません。


苦しめられているのは
確かにあなたかも知れませんし、
あなたは被害者かも知れませんが、
自分でも気づかないうちに
苦しみの渦の中に自ら留まっていたり、
自分の中の未整理の想いが、
あなたの苦しみの元になっている
可能性もあるかも知れませんよ。


それを救うのは自分です。


神でも仏でも前世や過去生でも

科学でもイデオロギーでもなく

(それらに敬意は払いつつも依存せず)
今を生きる自分を現実の自分で救う生き方を
ゆっくり地道に、マジックを期待せず
一歩ずつ練習してみませんか?


輪郭のボヤけた幻影から
実感のあるクリアな現実を生きる。

世界平和を願うのならば
まずは自分の中の平穏のために
苦く重たい一歩を踏み出そう。

そんな人生を創り始めるのに
何歳であろうとも

何度目のチャレンジであろうとも
遅いとか無駄とかいうことは有りません。