医師 黒木 弘明

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二〇二四年 五月五日(日)

綴りごと 想いごと

対比

先生、私は幸せになりたいのですが
嫌な事は何故、存在するのですか?


私は辞典ではないのですが…
まぁいいでしょう、私の意見を申し上げます。


嫌な事が存在するのは、
幸せをはっきりさせる為です。


嫌な事に出逢ったのならば
嫌なことを滅却することに躍起にならず
よく研究して下さい。


何が嫌なのか?
何故嫌だと感じるのか?
何を怯え怖れているのか?
何に怒りを感じるのか?


嫌な事を滅却したとしても
嫌だと感じる心の根っこを見つけなければ
嫌な事とのイタチごっこは終生続くでしょう。


その上で次のことを
今一度確かめてください。
分かるまで調べてください。


貴方は何が好きなのか?
貴方は何を求めているのか?
貴方をウキウキにさせるものは何か?


貴方に安らぎをもたらすものは何か?
貴方を優しい気持ちにさせるものは何か?
貴方を寛容にさせるものは何か?


貴方に嫌な事があったとしても
堂々と貴方の心身と魂をしっかり支え、
恐怖や動揺、怒りを無力化してくれるものは何か?


これが幸せです。


もしも嫌な事が存在しなかったら
何が貴方の幸せなのかさえも分かりません。
それは退屈で、不幸の一種かも知れません。


嫌な事は貴方に好きな事を
思い出させる為の配役であり、
貴方の人生の主役ではありませんから、
固執し過ぎないで下さい。


嫌な事はコントラストを使って
貴方の幸せを浮き彫りにします。


あとは貴方が幸せを選択するか?
それとも嫌な事に留まるか?
の二者択一を迫ります。


貴方も、嫌な事も、
最初から大きな幸せの中に居ます。
そのことに気づくチャンス到来です。


分かりますか?
嫌な事があったとしても
貴方は既に幸せの中に居るのです。