医師 黒木 弘明

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二〇二六年 七月六日(月)

綴りごと 想いごと

大人になる

おとなになる。

これは極めて内向的な動作で、

年齢や社会的地位とは関係ありません。


おとなになる…
大人になる…
大きくなるって何だ?


正確な言い方をしよう。
君が大きくなるのではなく、
そもそも大きかった自分を
君が思い出し、信頼し続けるということだ。


では、そもそも大きかった君が
なぜ大きくなくなったのか?


それは生きている中で様々な制約を
覚え、或いは、覚え込まされ、
それを信じてしまったからだ。


本来の君は制約の枠の中には居なかった。
何者も制約できない、自由で、大きな
活き活きとした存在だった。


それがいつしか制約の枠の中に収まるような
小さな生き方を覚えてしまっただけのこと


だから、その枠を越えて
本来の大きな自分に戻る時のことを
大人になる、おとなになる、と言うんだ。


誰しも枠の中で生きている。
人間社会で生きるには
一時的に必要だったから。


しかし問題は
必要か不要か、ではないんだ。
選ぶか選ばないか、なんだ。


君の枠は何かな?
君の抱く信条、信念、観念、思想
それは本来の君のものかね?
それとも、刷り込まれたものかね?


家族は、愛の練習場であり、
最小単位の社会でもある。
つまり、家族もまた制約の枠になり得る。


長年、教わったこと、信じろと言われたこと
美徳、正義、善悪観、君の中のあらゆる観念は
ひょっとしたら制約の枠かも知れない。


それを越えた時
それを越えて大きな自分を思い出した時
君はおとなになる。


たとえば
親の因果、呪縛から出ていった時
子どもへの執着を手放した時


自由な自分を表現し始めた時
大人も子どもも、おとなになる。


君が今、権威に嫌悪感を感じるのであれば
かつての君が身近な権威者に
怯えていたことが関係あるかも知れない。


君が今、有り余る愛情を注ぐ先を探しているのなら
かつての君が、愛に飢え渇いていたことが
関係しているのかも知れない。


それらを選ばなくなった時
もっと自由な発想で自分を在り始める時
君はおとなになる。大人も子どもも、おとなになる。


ひょっとしたら君を制約していた相手は
もうこの世には居ないかも知れない。
仮に居ても、面と向かって話せないかも知れない。


それならば手紙を書けば良い。
口では言えなかったこと
口では言いにくいこと
まずは手紙に書けば良い。


やれば分かる。
表現することから始まる。
おとなになることが。


おとなになることを、怖れなくて良いんだよ。
おとなとは、心が楽で楽しい世界のことだよ。


さぁ、何処に行くのか選べば良い。
そして、自分が何者であったのか、
ゆっくり、しっかり思い出せば良い。