お知らせ

平成30年7月豪雨

今年も、豪雨がありました。
昨年の同じ頃、九州北部に豪雨が来ました。
今年は穏やかに・・・と願っていましたが、
西日本の広い地域に、甚大な被害が出ました。



私の実家のある地域でも被害が出ました。
ある友人は、
「土砂の流れる方角が少し違っていたら、
自分たちも生き埋めになるところだった」
と言っていました。



また、ある友人が代々受け継いで来た工場は
今回水没し、今日の時点では
再開の目処が立っていない、とのことでした。
地域によっては、
まだ高速道路が不通の場所もあります。



何とも言葉がありません。
一日でも早く、
一分一秒でも早く、
安寧の日々が戻りますように
と言うのが精一杯です。



しかし、その工場を営む友人が
こう言っていました。



「月並みだけど、これは、
乗り越えるために、神さんが設定した試練よ。
だから、乗り越えますよ。」



確かに、よく言う言葉ではありますが、
こんな時に、こんな目に遭っている彼が言うと、
ものすごく説得力があります。
また彼はこんなことも言っていました。



「俺、頭が悪くて良かったよ。
もうちょっと頭が良かったら、
多分、考え込んで、心が折れて、
ふさぎ込んでいたと思うから」



別に、彼が頭が悪い訳ではなく、
むしろ、頭が良いんですね。



考えるべきところと、
考えない方が良いところ、
それを彼は見事に使い分けているんですね。



彼のように辛いことがあると、
当たり前ですが、
反射的に、様々な感情がやって来ます。
その感情の相手をしていることを、
今仮に「考える」と呼ぶことにしましょう。



考える、つまり、感情中心の自分になる。
今感じていること、思っていること、
それが自分の全てになってしまうのです。



そうなると、自分の世界が、
自分の感情で真っ暗になるでしょう。
悲しいと、
自分が悲しい世界に縛られるでしょう。
他に出口が見当たらないような、
自分だけが取り残されているような、
疎外感・孤独感・無力感に苛まされるでしょう。



しかし、彼のように、
あえて、こう言う時には、感情に取り合わない。
災害のように、原因が分かりきっていること、
考えてもどうにもならないこと、の場合は
反射的にやってくる感情には、取り合わない。



なぜ自分がこんな目に遭うんだ?
→ それは考えても分からない。


自分が一体何をしたのと言うのだ?
→ 今それを考えても始まらない。


失ったものが多い。。。
→ だから、再び立ち上がるしかない。



なぜこんな目に???
→ 神様が乗り越える体験を下さった、
  自分が苦難に乗り越えることを証明する
  機会を与えて下さった、としか思えない。
  だから、この体験を謙虚に受け取ろう。



彼は、そう言う風に、
見事に切り替えたのだと思いいます。



多少、コツがいりますが、
スイッチの切り替えのようなもので、
そう思う、そうする、あとは考えない、
と言う感じで、何かの拍子に
パッとできるようになる事があります。



そう言う意味で、考えない。
感情中心に考えない。



今ある体験が、
今目の前の人生が、
良いとか悪いとか、
そう言う風に考えない。


我々は、いつの間にか、
日々の出来事に対して、
悲しい、苦しい、嬉しい、楽しい、
そう思うことに慣れてしまっているけども、



その癖を手放して、
もっと、中立的に、
もっと、ニュートラルに、
目の前の体験を「ありがとう」
と言う気持ちで受け取っていく。
 


そんな「ありがとうの強さ」を
彼の話から教わりました。



私たちには、
まだ「人生を中立的に、感謝と共に受け取る力」
が残されています。


まだ希望はある、
と友人たちが教えてくれました。



今回の豪雨に際し、お亡くなられた方の
ご冥福をお祈りすると共に、
被災された方々に、安寧に日々が
戻ることを、切にお祈りします。



また、私たちを代表して、
大変な体験をなされながら、
我々に学びを与えて下さる方々に
深く感謝します。
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Dr.クロキ オリジナルソング「家族のうた」
作詞・作曲:Dr.クロキ

Dr.クロキ オリジナル曲「家族のうた」

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