お知らせ

人間には力がある

皆さん、こんにちは。
湿度も高まって、だいぶ梅雨らしくなって来ましたが、
いかがお過ごしでしょうか?



さて今日は『人間には力がある』ということを
書いてみたいと思います。



時々、こんなことを仰る人にお目にかかります。



「私には力が無いんです・・・」
「人間は非力なので・・・」
「授業(仕事)がつまらなくて・・・」



そう仰る方々のお話を聴くと、概ね、
「自分には力が無いので、環境に左右されてしまう」
というニュアンスのことを仰っているようです。
 


でも気をつけて下さいね。
それは、思わぬ落とし穴です(!)



私の考えの結論から先に申しますと、



人間には誰しも(個人差はあっても)
なにがしかの力が備わっています。



ですので、条件が整えば、
考えていること、思っていること、願っていることが
現実化するのだろうと、私は考えています。
(読んだことはありませんが、
「思考は現実化する」という題の本もあるようです。)



ですから、お分かりでしょうか?
自分には力がないのだ、と思えば思うほど、
場合によっては、それが現実化して、
本当に力のない自分を生み出してしまうことが
起きる可能性がある、ということです。



話は変わりますが、
様々な芸術や音楽、デザイン、ものつくり、
農業、酪農、林業、科学など
あらゆる分野に携わっている人を見ていると、



「これは本当に人間の所業なのだろうか?」
「この人は本当に人間だろうか?」



と思うような、素晴らしい仕事をしている人が
沢山いることに気づきます。
まるで、ものに命を吹き込むような仕事をなさる方が
沢山おられますが、そういう方々は自分の中の力を
存分に発揮している方々なのだと思います。



つまり、その方々は本当に
「ものに命を注ぎ込んでいる」のではないかと思うのです。



少し語弊がありますが、
これはまさに「神の所業」ではないでしょうか?



そして、それこそが「人間は神の子である」
と古代から言われる所以ではないでしょうか?



つまり、人間は神様ではないけれど、
その一部の力を、人間一人ひとりが有しているのではないか?
と私個人は思うのです。



ですから、私は「誰しもが天才の要素を持っている」
と常々申しております。



ただし、
自分に埋蔵されている力がどんな力で、
どんな分野に適していて、
そういう条件が整えば発揮できるのか?



ということまでは、分からないのが人間なので、
自分自身を研究し、その力を発揮できるように
自分自身を解明するのは、
その人自身の責任ということなのでしょう。
(そのことを、私は『育自』と呼んでいます)



ということで、話を戻します。
授業がつまらない、、、と感じる学生さん。



教室の中には、先生が1人と多数の学生さん。
その学生さんの大多数が「つまらないな」と思えば、
どんなに先生が1人で頑張ったとしても、
学生さんの「思念の力」に負けてしまって、
結果的につまらない授業が出来上がるのは、
ある意味では、当たり前ではないでしょうか?



ですから、つまらない授業を
いつまでも先生のせいにしても
現実は全く変わらないはずです。
そう言う現実を、自分で作っているのですから。



かと言って、
心中は「つまらないな」と思っているにも関わらず
言葉では「楽しいです」と言い続けて見たとしても、
おそらく、心底楽しいと思える授業は
現実化しないでしょう。



これは私の考えに過ぎませんが、
おそらく、純粋に感じているもの、
純粋に信じているもの、
純粋に行なっているものが
最も現実化しやすいのではないか?と思います。



純粋というのは、



正直であること、素直であること、
矛盾がないこと、ねじれがないこと、
憎しみがないこと、邪な気持ちがないこと、
本気であること、適度に力が抜けていること、
人の役に立つもの、心底楽しんでいるもの、
ではないか?と思うのです。



(時々、邪な願いが叶ってしまう人も居ますが、
 そういう風に自分の力を使ってしまう人を見ると、
 私は、少し可哀想に思いますが、
 それもその方の責任なので止むを得ません)



ですから、例えば自分に課題を感じる時、
「私は、壁にぶつかっています」
と言うよりは、



「私は、壁を乗り越えようとしています」
と言う方がオススメです。
言葉もまた、エネルギーとなって現実を呼びますので。



加えて、日本人によくありがちなのは、
何でもかんでも「すいません」と謝ること。
毎日のように謝っている人が居ます。



これも「自分は悪いことをしている」と言う
罪悪感を生んでしまいかねないので、
私は、あまり推奨してません。



心底、自分が謝るべきだと思ってもないのに、
簡単に、謝ってしまうのは、
矛盾を毎日生んでいるのと同じですし、
ある意味で、それは、嘘つきでもありますし、
自分(の尊厳)を傷つける行為かもしれません。



そんなことを繰り返していると、
本当に矛盾した世界に生きることになったり、
周りに嘘つきばかりが寄ってきたり、
自分の本心が分からなくなってしまったり、
自分なんて誰にも必要とされない存在だ!
と無性に思うようになったり、しかねません。



自分の行動・言動・思念で
そんな現実を生んで、遊んでも、
自分が傷つくばかりで、仕方がありません。
気がついたら、少しずつ改めましょう。



と言うことで、
今日は少し変わった話をしました。



人間が神の子であるかどうかは、
今の私に証明することはできませんが、



それでも、
誰しも自分の中に力があると言うことを前提に、
その力を自分自身で開発したり、探求したり、
自分の力の使い方にも責任を持つことは、
間違ってはいないと思うのです。



そう言う意味で、
自分を深く知り、自分を育むことは、
何歳であっても、誰であっても、
大切なことではないかと考えます。



私たちにはみんな
力が備わっているのですから。



その力を正しく使うために、
自分を大切に育みましょう。



そして、その力を使って、
自分とみんなを幸せにしましょう。
その為に、みんな力を与えられているのだと
私は信じています。
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Dr.クロキ オリジナルソング「家族のうた」
作詞・作曲:Dr.クロキ

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