お知らせ

「嫌い」を見つめて、自分を活かそう

肌に合わないモノ・ヒト…
好きになれないモノ・ヒト…
苦手なモノ・ヒト…
嫌いなモノ・ヒト…


おっとっと
出来れば、ここで止めておいて下さいね。
これを放っておくと…



憎むべきモノ・ヒト…
に酸化してゆきます。



憎しみは、
カラダとココロに毒となり、
あなたの調子を崩します。



本調子ではない、と感じる人の中に
自分でも気づかないうちに、無意識に
憎しみを抱いている人が居ます。



ですから、
相性が合わない→嫌い→憎む、と酸化する前に
「嫌い」の状態で
留めておくことをお勧めしています。
 


合う合わない・嫌いは、
その人の個性ですから
別に構いません。



問題は、
自分の中の「嫌い」を
どう整理・処理するか?です。



ちゃんと整理・処理しないと
いともたやすく、あっと言う間に
嫌いが「憎しみ」に変わりますので、
よくよく気をつけて欲しいのです。



では、どうすれば
嫌いを「憎しみ」に変えずに済むのでしょうか?



それは「自分の中の嫌い」を
分解・整理・補修することです。



いつあなたは
そのモノ・ヒトに対して
嫌いだ!
と自覚したのでしょうか?



あなたはそのモノ・ヒトが
なぜ嫌いになったのでしょうか?



それをしっかり思い出して
見つめて下さい。



結論から言うと、
あなたがそのモノ・ヒトを嫌いな理由の中に
「怖れ」や「怒り」が混じっていると
「憎しみ」に変化しやすいのです。



例えば、
あの人によって私の存在が脅かされる…
あの人によって私の感情がふり乱される…
あの人によって私は消耗する…
あの人のせいで私は無駄なことをしなくてはならない…
それが実は怖い…



こう言う感情が
あなたの抱く「嫌い」の背後に
もし混じっていたら
放っておいてはいけません。



この感情を放っておくと
酸化してしまって、「憎しみ」に変わり
あなた自身を蝕む毒となってしまいます。



あなたの中の「嫌いなモノ・ヒト」に対して
一旦冷静になって
ご自分で問い直してみて下さい。



そのモノ・ヒトは
本当にあなたを脅かす存在なのか?
本当にあなたの消耗させる存在なのか?



あなたの存在自体が本当に脅かされているのか?
あなたの元気は本当に消耗しているのか?



だとしたら
なぜあなたは、その状態を許しているのか?
なぜあなたは、その事態を拒まないのか?
それを回避する工夫はないのか?



逆に、あなたは
仮に、自分の肉体や感情は、傷ついたとしても
自分の存在そのものの価値は
一切傷つかない、と言うことを信じられますか?



もし、それが信じられないとしたら
なぜでしょうか?



それが法律の文面に、書いていないからでしょうか?
それを親や教師が、教えてくれなかったからでしょうか?
周囲にそう言うことを言う人が、少ないからでしょうか?
(それが無いと、あなたは信じられないのでしょうか?)



今この瞬間からでも、



『自分の存在そのものの価値は、一切傷つかない』



と信じることは出来ないでしょうか?



それが無理な場合は
次のように現実的に考えてみることにしましょう。



あなたは今までの人生の中で
色んな人々のお世話になってきましたし、
今もそうです。



あなたを直接にお世話している人も居ますが
あなたの知らないところで
面識のない人からも
あなたはお世話になっています。



ですが、多くの人は
自分が認識できる人ばかりに感謝を捧げます。



でも違います。
見知らぬあの人、この人からも
あなたはお世話になり、助けられています。




現実的に、お金の流れを見れば
分かることです。



あなたは今も税金によって
助けられていることがあるでしょう。



その税金は誰が払ったものか?
あなたは全ての納税者の苦労を
知らないはずです。



その納税者の中には、
あなたの嫌いな人も含まれています。



だから、認めがたいことですが、
あなたの嫌いな人からも
あなたはお世話になっているのです。



さらに、あなたの嫌いなモノ・ヒトは
何かあなたの役に立っていませんか?



例えば、
その嫌いなモノ・ヒトのお蔭で
あなたは自分が何が好きで、何が嫌いなのか?
が分かったのではありませんか?



自分が嫌いなモノ・ヒトに対して
どうやって対処するべきか?を
あなたは学んだと言うことはありませんか?



自分が嫌いなモノ・ヒトとの関係の中で
自分が好きなモノ・ヒトとの関係以上に
あなたは、何か得難いものを学んだ
と言うことはありませんか?



あなたが、それを理解すれば、
あなたの嫌いなモノ・ヒトの役目は
そこで終わりです。
それ以上引っ張る必要はありません。



これが『受け容れる』と言うことだと思います。



この『受け容れる』とは、
相手の全ての言動・思想・行動に対して
賛同する・加担する・同化することではないのです。



相手がそう言う傾向・特性を持つと言うことを
冷静に、怖れず、感情を乱さずに認める、
と言うだけです。

 

だから、お世話になっているモノ・ヒトであっても
無理やり好きになりなさい、とは私は言いません。



しかし、お世話になる、助けられると言うことは、
あなたの自覚の有無を別にして
あなたが『愛』をもらっていると言うことです。



あなたが『愛』をもらうままで
感謝と言う『愛』も返さず、「憎しみ」だけを返すのは
愛の循環としては、かなりアンバランスとなるのも事実です。



言い方を換えると、
矛盾が生じているのです。



あなたの中の矛盾は、
愛の循環を阻害するブロックとなり
あなたのカラダと感情を害します。



ですから、あなたの嫌いが
憎しみ(矛盾)にならないように
自分自身で対処する必要があるのです。



もし万が一、感謝はしているけども
どうしても、あなたの嫌いなモノ・ヒトによって
あなたの命と尊厳が、脅かされそうなのであれば
それはそれ、これはこれ。



そこから一旦、距離を取るか、立ち去って下さい。



自分で去ることを選ぶことが出来るのに
そうしないのは
自分を傷つけることになります。



生きているのに自分を傷つける、
それも矛盾となり、あなたを苦しめます。



もし、あなたが冷静になって
もう一度、
周囲を見渡し直して



あなたの存在自身が
あなたの嫌いなモノ・ヒトによって
脅かされないことが分かれば
あなたは憎しまずに済みます。



自分の知らないところで
あなたの嫌いなモノ・ヒトによって
あなたが助けられていることを知り
感謝を捧げることが出来れば
あなたは憎しまずに済むかも知れません。



いずれにしても
あなたが不要な憎しみを抱かずに済むように
あなた自身で出来る工夫があるはずです。



もし、ここに書いてあることを
自分自身で対処できない場合は、



あなたは弱っているのです。
あなたは傷ついています。



どんなに健康であっても
どんなに裕福であっても
あなたは傷つき、弱っています。



その時は、悔しいかも知れませんが、
素直にそれを認め、
第3者に助けを求めることをお勧めします。



私たちの本質は『愛』だと言われています。



その私たちが「憎しみ」を抱くのは
異物(矛盾)をココロに抱えていることになります。



その異物(矛盾)が
ココロとカラダを蝕むのです。
一種のアレルギー反応です。



繰り返し申し上げます。
「嫌い」までは個性なので、良いのです。



でも、もしあなたが
嫌いなモノ・ヒトに出遭ったら
それが酸化して「憎しみ」にならないように
自分で、あるいは第3者の助けを借りて
対処してゆきましょう。



もし、既に自分の中に「憎しみ」が
存在することが分かった時にも
同じことが言えます。



いつからでも
遅すぎる、と言うことはありません。
自分の中の「憎しみ」を手放し、
本来の『愛』ある自分に戻るための行動を
探ってゆきましょう。



そのための時間と選択肢が
あなたの人生です。



生きることは
癒すことでもあります。



自らの人生の中で
自らの行動によって学び
自分自身を存分に癒してください。



そして、あなたが存分に癒された後です。
あなたの存在が世界のために
活きてくるのは。




生まれる
学ぶ
癒される
活きる



世界は、その時を待っています。
存分に癒されたあなたを活用したくて
世界は、今もウズウズしていますよ〜。

*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*・゜゚・*

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