はじめまして、Dr.クロキです。

~ココメンテが誕生するまでのエピソード~

医師として人と向き合う中で得た
「重大な気づき」

Dr.クロキ
 私がココメンテをはじめようと決意した理由についてお話しさせて頂きます。私は、総合病院の内科系研修医という形から医師としてのキャリアをスタートさせました。仕事柄、医学的傾向として余命が長くないことが予想される患者の方と触れることも多く、その中の大多数の方々は、焦りと苛立ちに加え、死への“怖れ”を抱えておられました。しかし、一部の方々は、最期の瞬間まで駆け出しドクターだった私に対して、その限られた命をかけて何か大切なことを伝えようとしてくださいました。私は、この方々との出逢いを通して、人間には医学だけでは測ることのできない底知れぬ力があることを感じました。そして、「医師でありつつも、病という概念を超えて、その根源にある人間の中の“怖れ”を和らげ、今あるいのちとその方自身が素直に向き合うことを手助けできるような人物になりたい」と思うようになりました。

ココロの中に”怖れ”を抱えつつも、
それと対峙することが出来ない現代人

 その後、私はご縁があって、母校である産業医科大学の門を再び叩き、産業医としての専門のトレーニングを積みました。産業医とは、労働者が健康で安全に職場で働くことができるように、専門的な立場から指導や助言を行う医師のことです。それまで、病気が疑われる状態になった人を主に診てきた私でしたが、病気になる前の時点で働く人と接点を持ち、ケアをするという産業医の仕事に斬新さを感じ、私は日本ではまだ数少ない「中小企業の専門の産業医」の道に進みました。
Dr.クロキ
 しかし、ここでも気づくことがありました。私が出逢う労働者の方々の中には、病院の患者さんよりもコンディションが良いはずなのに、病院の患者さんよりも自分のいのちや健康に対して関心が薄いと思えるような方が多かったのです。自分の体を省みることが少なく、その結果として体だけではなく、ココロの元気も失い、生きる歓びまでも手放しつつある人々の姿が私の目の前にありました。しかし、よくよく話を聞くと、この方々はこれまでの人生の中で、ココロに何らかの“怖れ”を抱えながらも、やむなく自分と向き合えず、自分を愛することを覚える間もなく大人になり、生きるために身を粉にして働いてきたことが分かりました。
 私の気づきはまだ続きます。それは経営者や管理者、いわゆるエグゼクティブと言われる方々についてでした。ご自身には医学的に重篤な病気も症状もなく、会社の業績も全く問題なく、従業員の健康を大切にしたいという前向きなお考えのエグゼクティブの方が何人もおられたのですが、なぜだかその方々の会社の職場はギスギスして、従業員は毎日苦しそうな顔をして出勤していることが少なからずありました。体調を壊す人や、壊れた体調で何とかしのぎながら働く人も増えていきました。いくら対策を打っても事態が好転しないので、これにはエクゼクティブの方々も困ってしまいました。しかし、実はその職場には様々な健康増進対策を打ち消すほどの負のメッセージが生まれ、従業員のココロと体に影響を与えていたのです。中にはエグゼクティブの方々が良かれと思って放ったメッセージも、負のメッセージとして職場に独り歩きしていることもありました。エクゼクティブの方も、よもや自分が負のメッセージを生み出し、従業員やその家族にも影響を与えているとは思わなかったのです。不思議なことに、激務をこなすスーパーマンのようなエグゼクティブの方の言葉の端々からも、私は何らかの“怖れ”のようなものを感じたものでした。労働者の方々も、エグゼクティブの方々もそれぞれの人生の中でココロに何らかの“怖れ”を抱えつつも、それとじっくり対峙することが出来ないまま、労働者なりエグゼクティブなりの役割を身にまとい、目の前のことに奮闘したり、あるいは翻弄されたりしながら生きていることを私は感じました。

人間には底知れない「自力」が
必ず備わっている。

 これらの経験から私が到達したのは、「人間には底知れない『自力』が必ず備わっている。しかし、それを培うのは容易ではない」ということです。この「自力」とは、ココロの中にある“怖れ“や、自分の体と向き合っていく力であり、時には自分に必要な修理をしていく力であり、人生の困難から自分を耕していく力であり、それらの力を自分と自分の周囲に実践していきながら自分を創っていく力のことです。誰しもが見えにくい自分のココロ。さらに見えにくいココロの中にある“怖れ”を、第三者によって外から滅却するのではなく、自分と向き合い、整理し、自分の中から光を灯していくという「自力」。それは、日々の中で、その人の強い意思によって培っていかなければ身につかない力であるのですが、現代社会の様々な要素が人間の「自力」を削いでいるために、私たちが自分で自分の「ココロ」と向き合い、「自力」をつけるのがとても難しい状態にあるのだと思います。

人間の「ココロ」と向き合い、
「自力」を応援する

Dr.クロキ
 医学的に異常、症状はないけども「自分と向き合う力」が低下している人はおろか、その人が持つ他者への影響力にまで介入することは、医師の仕事の中では殆どできません。しかし、この「自力」が人間の人生にとって非常に重要であるという確信が、かねがね私にはありました。実際に、病院勤務医時代にも産業医時代にも私は、医学的な立場を踏まえつつ、患者さんや労働者のココロに対して、私なりのアプローチをしてきました。そのアプローチは私の中で確かな手応えがあり、全例とは言わないまでも、一般的なデータよりも思わしい結果をもたらしたと自負しています。
 同時に私自身も患者さんや労働者の方々、エグゼクティブの方々、ともに働いたスタッフや諸先輩から様々なことを学ばせて頂きながら、今ようやく独自のメソッドが確立したと思っています。
 駆け出しドクター時代に想いを馳せた「人間の中にある“怖れ”を和らげ、今あるいのちやココロとその方自身が向き合うことを手助けできる伴走者のような人物」に今こそなろう。だから今、私はこれまでの経験と技術のすべてを活かして人間の「ココロ」とその「自力」に向き合うことに、私の持てる力を集中しよう。私は、そう決意しました。そこからDr.クロキとしての人間の「ココロ」と向き合い、「自力」を応援する活動が始まりました。
 これまでの人生の中で意図せず身に付けてきてしまった怖れ。生きていく中で背負っていく役割。この怖れと役割に隠れてしまいがちな自分のココロを再び見つけ出し、自力をつけるお手伝いをするのが私の仕事です。

Dr.クロキ プロフィール

Dr.クロキ幼少期 Dr.クロキ幼少期 Dr.クロキ幼少期

1978年
東京都に生まれる。
1989年
家族と共に広島県福山市に移住、中学・高校6年間を同市で過ごす。
1997年
産業医科大学医学部(福岡県北九州市)入学。
2004年
産業医科大学医学部卒業。
医師国家試験合格。
福山市内の病院に入職。研修医となる。その年に結婚。
2005年
長男誕生。育児休暇を取得。
2006年
産業医を目指すために福岡県北九州市の産業医科大学に籍を置き、産業医の専門トレーニングを受け直す。
2008年
医療系財団法人に入職。産業医として中小企業を対象とした予防医学活動に従事する。
さらに総括産業医として産業医への技術的指導や組織の再生に携わる。(2014年まで在籍)
2010年
長女誕生。2度目の育児休暇を取得。
2015年
「ココロのメンテナンス」を標榜し、「クロキ流ココメンテ」という独自のメソッドを開発。経営者、管理職といったエグゼクティブクラスのココロのメンテナンス「ボスメンテ」及び子育て中の母親のココロのメンテナンス「ママメンテ」の活動を開始する。
2016年
Dr.クロキとして活動開始。
Dr.クロキ オリジナルソング「家族のうた」
作詞・作曲:Dr.クロキ

Dr.クロキ オリジナル曲「家族のうた」

ボスメンテ

ママメンテ