医師 黒木 弘明

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二〇一九年 一〇月一六日(水)

綴りごと 想いごと

OHSWお疲れ様でした

 

 

先日、学生さん向けのワークショップを実施しました。

このワークショップは

Occupational Health and Safety Workshop(OHSW)

と呼ばれるもので、今年で6年目になる勉強会です。

 

 

 

私が担当するワークショップの事前課題として

今年は、このブログを読み込み、私に対する質問を

用意すること、と設定しました。

 

 

 

当日のワークショップに参加した学生さん達は

私の予想以上に、深くこのブログを

読み込んで下さっていました。これには驚きました。

 

 

 

また、過去に受講を終えた学生さん達が

任意で、今年も再び事前課題も準備した上で、

再受講してくれたり、

すでに社会人となったワークショップの第1期生が

顔を出してくれたりと、驚くことが多くて

結果的に、私の方が終始、圧倒されました。

みなさん、本当にお疲れ様でした。

そして、ありがとうございました。

 

 

 

ワークショップの中で、私が伝えたかったことは、

『学び』と『コミュニケーション』、

そして『自分を愛すること』です。

 

 

 

『学び』とは、

自分以外の誰かの設定した問題に対する模範回答を

暗記することによって準備するもの、では有りません。

 

 

 

他でもない自分自身が抱いた疑問に対して、

答えを自分の「外」に求めるのではなく、

自分の体験から得たものを「ヒント」にして、

自己との「内面的な対話」を続ける中で得られるものが

『学び』です。

 

 

 

ですから、『学び』については

教科書的に、授業的に「これが答えです」という風には

教えることが出来ません。

あくまでも、「自分で掴み取って下さい」としか

申し上げることが出来ません。

 

 

 

昨今は、インターネットを見れば

ほぼ何でも情報を得ることが出来てしまいます。

また、お金を支払えば、多くのことが手に入ります。

さらにこの国の、多くの教育現場は、

未だ、暗記による回答の再現性を

教育効果を評価する際の物差しにしています。

 

 

 

しかし、暗記=答えという考え方に

多くの人が余りにも慣れ過ぎてしまったり、

それが教育の中で、余りにも大勢を占め過ぎてしまうのは

アンバランスで、少し危険なことだと考えています。

 

 

 

そうなると、その教育を受けた若い人たちが

『自分で考え続けて、自分だけの答えを創りだす』

という作業が出来なくなってしまうばかりか、

「常に誰かが教えてくれて当然、助けてくれて当然」

という考えに、浸ってしまいます。

 

 

 

そういう考えに慣れてしまった若い人が、

社会に出た場合、率直に言って、非常に苦労します。

 

 

 

なぜなら、全ての職場の先輩や上司は

教育のプロではないからです。

 

 

 

彼らは勿論、教えはしてくれますが、

教えることが上手とは限りません。

いえ、むしろ、下手な人の方が多いでしょう。

教育のプロではないからです。

 

 

 

そこで、若い人が

「上司が分かるまで教えてくれない」

「上司が不親切すぎる」と言って

いつまでも駄駄をこねていると、

次第に苦しい状況に陥ります。

 

 

 

少しばかり苦労するだけならば良いのですが、

実際には、職場内のコミュニケーションが

上手くいかなくなってゆき、そのストレスから

体調を壊したり、仕事を辞めることになったケースを

私は、この目で沢山みてきました。

 

 

 

ですから、答えを他人から教わるばかりではなく、

自ら学び取り、自分なりに学んでゆく、という姿勢を

社会に出る前に身に付けておくことが

とても大切なのです。

 

 

 

しかし、残念なことに、

昨今の若い人を取り巻く環境の中には、

『学び』について教わる機会が多くはありません。

 

 

 

これでは、若い人が社会で苦労したり、

体調を壊して、退職するような事態を

みすみす招いているようなものです。

 

 

 

職場に若い人が定着しない。すぐ辞める。

そんな声をよく聞きますが、

それは、若い人だけの責任ではありません。

我々、大人にも責任の一端がある、

と私は考えます。

 

 

 

だから、『学び』について一人でも多くの

学生さんに「ヒント」を与えたかった、

と言うのが、私の想いです。

 

 

 

そして、社会に出る際に大切なことは

『学び』以外にもあります。

それが『コミュニケーション』です。

 

 

 

社会に出れば、自分とは異なる世代の人と

接することが多くなります。

学生時代は、自分と近しい世代の人の中で

暮らす時間が多いですが、社会ではその逆となります。

 

 

 

世代が異なると言うことは、

価値観が異なると言うこと。

つまり、考え方、感じ方、言葉の意味など

多くの違いが生まれると言うことです。

 

 

 

何から何まで自分とは異なる人たちと

コミュニケーションをとることが

避けられなくなってきます。

 

 

 

その時、大切なのは、コミュニケーションの

模範解答を覚えることではありません。

 

 

 

自分の発しているコミュニケーションを

自分で省みることです。

 

 

 

自分はどんな空気を放っているのか?

あなたは知ってますか?

 

 

 

自分の表情、身振り手振り、言葉遣い、

それらは空気となって、相手にすぐさま伝わります。

それを自分で理解しない限り、

いかに模範解答のように丁寧な言葉遣いであっても

コミュニケーションは上手くいきません。

 

 

 

自分はどんな空気を放っているのか?

を知ろうとすること、

つまり『自己との対話』が、ここでも必要になるのです。

 

 

 

『学び』も『コミュニケーション』も

実は根っこの部分では同じで、

どちらも『自己との対話』なのです。

 

 

 

そして、このように『自己と対話すること』は

『自分を愛すること』に繋がっていきます。

 

 

 

若い時は、体が丈夫な人が多いです。

それゆえに、自分の体と心を大切に扱う人が少ないです。

自分の身体の扱い方、心の守り方を知らないのです。

単なる練習不足なのです。

 

 

 

しかし、どんなに若いからと言って

自分の心と体を邪険に扱ってはいけません。

 

 

 

「これくらい大丈夫だろ?平気だろ?」と

確かめもせず、高を括るのは、

自分に対する信頼ではありません。

自分をナメてかかってはいけません。

 

 

 

一人一人は、同じ人間であっても

『自分という固有の生きもの』だと思ってください。

そして、あなた自身はその『固有の生きもの』の

『飼育係』を生涯務める役割を預かっているのです。

 

 

 

ゴリラとライオンの育て方は、違います。

白鳥とフクロウの飼育方法も、違います。

 

 

 

ですから、他人の飼育方法は参考になっても

自分を育てる『答え』にはなりません。

 

 

 

あなたは「あなたという固有の生きもの」ですから、

その飼育係である、あなたはまず、

「自分という固有の生きもの」を注意深く、

観察し続けなければ、その育て方が分かりません。

 

 

 

あなたという生きものは、

どういう食べ物が良いのか?

どういう運動が合うのか?

どういう環境が適切なのか?

どういう風にすると元気になるのか?

どういうものを必要としているのか?

 

 

 

全てあなたがあなたの為に観察してください。

あなたが、あなたを生涯かけて育てるのです。

あなた以外には、その役目は果たせないのです。

他人は育ててくれません。

 

 

 

それが、自分を愛することです。

そして、これも『自己との対話』の一種です。

 

 

 

学び、コミュニケーション、自分を愛すること、

全て『自己との対話』が基本動作なのです。

 

 

 

『自己との対話』とは、

学習、コミュニケーション、健康管理の基礎なので、

社会生活を送っていく為に、欠かせないのです。

これを知らないまま社会に出てしまうと、

社会生活が苦しくなるということは、自明の理です。

 

 

 

しかし不思議なことに、このことは

現在の教育カリキュラムの中に

含まれていない場合が殆どです。

私は、『自己との対話』などという科目を

聞いたことがありません。

 

 

 

ですから、私は若いみなさんに向かって、

いえ、全ての世代の人に向かって、

何度も、何度でも申し上げるのです。

 

 

 

自分と向き合って、自分と対話をして、

自分を愛してください。

そして、自分で生み出した愛を

世界に循環させましょう、と。

 

 

 

『自己との対話』がなくては、『愛』が生まれません。

それでは、世界は良くなりません。

『自己との対話』が世界を豊かにするものだと、

私は信じています。

 

 

 

人間は放っておくと、互いに傷つけあってばかりです。

そんなことを、もう何千年も、何万年も

飽きもせず、同じことを続けています。

放っておけば、自滅するまで続けるでしょう。

 

 

 

ということは、

実は「学びのない」人間は、

さほど賢い生き物ではないのでしょう。

 

 

 

しかし、それと同時に人間には、

『学び』という最後の希望が残されています。

『学び』次第で、私たちは

豊かな経験と感性を身に付けることが出来ます。

 

 

 

そして、自分以外の生きものに対しても、

豊かな『愛』を循環させることが出来る可能性を

『学びを得た人間』は大いに秘めています。

 

 

 

今あなたが行う『自己との対話』が、

『学び』となり、

『コミュニケーション』となり、

『愛』となって、

この世の中、この地球を豊かにします。

 

 

 

たった一人のあなたの中に

人間の大いなる可能性が秘められています。

あなたもまた、スーパーヒーローなのです。

 

 

 

『自己との対話』や『学び』が

人間の深化と、地球の豊かさの鍵となるのです。

 

 

 

ということを、私はこれからも、

一人でも多くの方にお伝えして参ります。

それが私の『楽しいこと』なのです。

『楽しいこと』も、豊かさの一種ですから。