医師 黒木 弘明

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二〇二一年 八月二日(月)

綴りごと 想いごと

逢いたい人

空腹になれば食を求めたり、人と会えば
自分への理解を求めたりと、何かと忙しない。


頭の中では、自分にとって
嫌なことは少なくなり、できれば無くなり、
さらに良いことが続き、できれば増えていく
そんなことを願ってやまない。


そんな渇愛をしながら
自分が煩悩に指図されて、
心中が何だかとっても忙しい訳です。


こんなことを繰り返しているうちに
これは本当の『私』なのだろうか?
という疑問が浮かび上がります。


これらは生活の中で、記憶の中で
自動生成された感情や意識
ではないのだろうか?


これは『私』ではなく、
僕の中にある「我」ではないのか?
だとしたら『私』は何処にいるのだろう?


そんな「我」とばかり会っていて
僕が『私』と逢えていない時は
何かに急かされて、心此処にあらず。
そんな感じがします。


自分を放置していると
「我」ばかりが目立って
『私』に逢えなくなってしまう。


心の中が「我」でいっぱいになると
疲れ果ててしまう人と、競争したくて
ドンドン元気になる人が居るけれど


元気そうな人でも、長い目で見ると、
やっぱり元気は減衰するように
お見受けする。


『私』の中の一部である「我」が生んだ
感情や意識のムコウに居る
『私その人』と、僕はもっと接したい。


それは無我なのか、非我なのか
不勉強で分からないけれども
もっと『私』に逢いたいのです。


自分をお世話して
閑かな『私』に逢いに行こう。


ムシャクシャやモヤモヤの
手の届かない処に行き、一旦英気を養い
再び毎日の娑婆に戻って生きよう。


そんな想いに駆られる時は
なんとなく苔を見ています。