医師 黒木 弘明

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二〇二一年 一一月二九日(月)

綴りごと 想いごと

自分を見続ける

必ずしも全ての人には該当しないまでも、
何かを求める時は
何かに怯えている時
である可能性があります。


例えば「あの人にもっとこうして欲しい」
と求めている時のあなたは



あの人は指示に従わない!
あの人は不適切な行動が多い!
あの人は周囲に誤解を与える!


と、一見ご立腹なさっているようですが
実はあなたの方が傷ついている
ということはないでしょうか?


と聞くと大半の方が
「そんなことはない!」
とお答えになるのですが


それは傷ついているご自分を直視せずに
相手に対する怒りや要求を表現することで
自分を強い立場に持ち上げていませんか?


あなたの怒っている感情を少し
ひっくり返してみると
どうなりますでしょうか?


あの人は私を不安にさせる…
あの人に私は理解して貰えなかった…
あの人は私を尊重してくれなかった…
あの人は私の気持ちを汲んでくれなかった…


そんな傷ついた心や怯えた心が感情の裏に
びっしり隠れていることの方が大半です。


自分を強く見せる必要があるほど
実はご自分が怯え、傷つき、
弱っていたのかも知れません。


それに怒っても、行き着く先は同じです。
怒ると結局、自分の方が傷つくのです。
二度目は自分で自分を傷つけることになるのです。


物を求める時も同じではないでしょうか?
何かが欲しい時、何かを物色する時、
あなたは傷ついてはいませんか?
何かに怯えていませんか。


自覚なく傷ついたあなたは、
失った活力を別の所から補充したくなるので
活力のある物が欲しくなるのでは?


しかしながら、大半の方は
自分の状態に気付きません。
仕事や生活がお忙しいのでしょう。


イライラする時、怒る時、心がじっとしない時、
つまり傷ついている時・怯えている時には
その人特有の周期やパターンがあります。


まずはそのパターンから探してみましょう。
何かと物や人に対してご自分の要求を通す癖を
抑えることから始めるのも、一つです。


何度も何度も心が不快になりながら
感情の荒波の中を泳ぎながら
何かを渇望する自分の姿を見続けましょう。


感情に流されることなく踏み止まり
心の片隅で、密かに傷ついている
繊細な自分を探しましょう。


自分が強いと思っている人
自分は大丈夫だと思っている人
自分が繊細ではないと思っている人


この人たちほど
脆い人は居ません。


強いのではなく知らないだけです。
人間の心を甘く見てはいけません。


心はとても繊細で、手入れをしていないと
荒れてしまい、荒れた心はあなたの心身を
いとも簡単に支配してしまうのです。


ですから自分を見続けるのです。
大切な仕事や生活があるにせよ、
荒れた心に支配されてしまっては、
元も子もありません。


せっかくのお給金が治療代になったり
トラブルの賠償金になったりと
別の授業料を払うことになります。


又、自分を見続けることは楽ではありません。
仕事や生活を理由に逃げたくなるし、
見ていること自体が辛くなります。


しかしそれこそが
あなたを支配したがる荒れた心の
狡猾な罠であることを知りましょう。


あなたに見つからないように
心があなたから逃げているのです。
ではなぜ、心があなたから逃げるのか?


それはあなたが
これまでご自分の心から
逃げてきたからです。


心があなたを信頼していない時
あなたから逃げ隠れします。


ですから今度は逃げてはいけない。
どんな罠があろうと立ち向かい、
自分の心から目を逸らさない覚悟で
自分を見続けるのです。


余りにも難しければ
伴走者や協力者に頼みましょう。
独りでは人間は完結できません。


このように自分を見続けた末に
自分が傷ついていることを理解した人は
真の問題解決の出口が見えて参ります。


求めるな、欲を消せ、ヒトモノカネを放棄せよ
などと、現代にそぐわないようなことを
言うつもりは全くありません。


自分の中に数多ある欲の中から
自分を傷つけている欲を見極めるために
物や人に助けられながら
生きている間にゆっくり練習をして
一歩ずつ賢くなって人生を全うしよう。


と言っているだけです。


とにかく自分を見続ける。
たった一人の自分ですから
見続けるしかありません。


苦難の末に自分を見続けた人に
備わっているのは
慈悲を持つ屈強な心だと思うのです。


どうかあなたの心を
大切になされますよう。