医師 黒木 弘明

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二〇二一年 八月一日(日)

綴りごと 想いごと

育ての父親

今日は僕のおじいちゃんの命日だ。
もう15年くらい経つのかな。


おじいちゃんは僕の育ての父親になろう
という気持ちで、僕を一生懸命に
護ってくれたと振り返っています。


そんなおじいちゃんの具合が悪くなって
僕以外の人の言うことを聞かなくなって
大変だったけども


あの大変だった時が
本当のコミュニケーションだったのかもね。


おじいちゃんとの最期の会話も覚えているし、
おじいちゃんの最後の食事は
大好きな天ぷらだった。


おじいちゃんが亡くなってしばらくして
おばあちゃんから手渡された形見の時計。


後で出てきた写真。
僕0歳。おじいちゃん58歳。


形が亡くなって一層感じるものがある。
欠けているようで満ちているものがある。
失っているようで得ているものがある。


今一緒に囲碁ができないだけで
おじいちゃんとの会話は
今も続いている。


おじいちゃん
ありがとう。