医師 黒木 弘明

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二〇二〇年 九月二五日(金)

綴りごと 想いごと

悩ましい体験幸せの種

カチンと来る人も

居るかも知れませんが

偏差値70の試験で合格になるのと

偏差値35の試験に不合格になるのと

経験としての価値は

どちらも同じだと私は思っています。

どちらにしても

その経験を自分で

どのように咀嚼して

どのように繋げていくか?が

大切な問題なんですから。

偏差値高いと良いの?

低いと悪いの?

それホント?

褒められたら良いの?

叱られたら悪いの?

それホント?

悩みの無い人は幸せなの?

悩みがある人は不幸なの?

それホント?

生きてりゃ良いの?

死んだら悪いの?

それホント?

確かに子どもの頃は

そうやって教わったけど

それは『幸せ』じゃなくて

「幸せな感じ」じゃない?

幸せの条件を集めて揃えて

幸せな感じを演出してるのと違うかね?

(それも又、幸せで良いのですが)

幸せのなり方って

本当にそれしか道が無いの?

そろそろ自分で

自分の生きる世界を

決めるても良い訳でしょ。

そうやって見直してみるとさ、

あなたの不幸って

本当に不幸かな?

カチンと来るかも知れないけど

あなたは意外と

幸せなのかも知れないよ?

今のあなたが幸せ

ということになると

マズいですか?

自分を不幸だと決めつけないで

自分が幸せであることも

許可してあげても良いんじゃないかな?

悩みがあっても

幸せで良くないですか?

不幸の種は、本当に悩みごとですか?

悩める幸せって無いですか?

悩ましい体験から得るものって

幸せの種にならないですか?

見て下さい、あの亀を。

いつもここで日光浴してます。

どんな台風でも乗り越えてきました。

あの甲羅が美しいでしょう?

不幸な傷なんかじゃないんですよ。