医師 黒木 弘明

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二〇一九年 一〇月一六日(水)

綴りごと 想いごと

当たり前

 

「〜するのが当たり前やろ!?」

「なんで、当たり前のことが出来ないんだろ?」

「当たり前のことを当たり前にやるのみ」

 

 

時々そういう言葉を聞きます。

当たり前のことが出来ない誰かに対して、あるいは、

当たり前ではない状態の集団・組織・会社に対して

腹立たしく、そう言っている人の声を聞きます。

 

 

これに対して、よく言われるのが

「あなたにとっての当たり前は、

みんなの当たり前じゃないんだから。」

「モラルや価値観は、人それぞれだから

みんな違って当たり前。」

という返答をよく聞きますが、聞き飽きました(笑)

 

 

以下、産業医としての私の経験を元にお話しします。

会社勤めの方の中に、こういう人が少なからず居ます。

 

 

入社して最初のうちは、意気揚々と頑張るんですが

数年経ってくると、視点が変わってしまって

会社や集団の良く無い部分、モラル違反な部分を

(それが自分の仕事でも無いのに)一生懸命探して、

そのことに目くじらを立てて、言いふらしている人。

 

 

しばしば、お目にかかります。

どこの職場にでも居る人です。

 

 

そして、その人はこう言います。

「なんでうちはこうなんだ!これじゃダメです!

これじゃ、ブラック企業です!私は幻滅しました。

もっとホワイトな会社に移りたいと思います。」

 

 

そうやって辞めた人が、その次に入る会社。

そこは、前と違って、一点の曇りもないような

とてもクイーンでホワイトな会社だと言って

入社されますが(入社できるだけ、まだ良い)、

数年経つと、また同じことを言っています。

 

 

このことから導き出せることが

いくつかあります。

 

 

まず、転職・新しいスタートに際して

大切なのは辞め方だ、ということ。

 

 

こういうタイプの人は、毎回と言って良いほど

自分が勤めていた会社を、罵った挙句に

会社が困るような形で(急に)辞めます。

もちろん辞めるんですから、

その会社のことを好きではないのでしょう。

 

 

いつも言うように、好き嫌いは個性ですから、

私は、それを捻じ曲げてまで「好きになれ!」

とは言いません。

 

 

しかし、退職は入職の入り口なのです。

罵って終われば、その延長が次の入り口です。

 

 

つまり、その人は自分で「悪い会社」を造り、

その延長線上の「新しい会社」に移っただけの事で、

行く先も当然、同じような会社なのです。

 

 

大切なのは、新しい会社の採用面接ではなく

去りゆく会社に対する辞め方です。

辞め方とは、言葉や態度以上に、心の中です。

 

 

嫌いになってしまった会社、

好きになれなかった会社、

あります、そう言う経験は。

それは、個人の感受性なので、嫌いなままでも良いです。

 

 

しかし、その会社に多少なりとも

お世話になったこともあるでしょう。

そこで学んだこともあるはずです。

 

 

勝手に差し引きしないで下さいね。

良いこともあったけど、悪いことはもっと沢山あった

だから、マイナスの方が多いから、感謝はしない。

それではダメですよ。

 

 

良いことは良いこと、

辛かったことは辛かったこと。

別勘定で、それぞれ整理して行かねばなりません。

ゴッチャにして、味噌糞一緒にしてはダメです。

 

 

そんなことをしていると、

苦しくなるのはあなた自身です。

人生の良い経験と、辛い経験を合算して

どっちの方が勝っている・いない、

そんな計算をしていたら、人生は必ず不幸に終わります。

(なぜなら、人間は不幸を多く見積もるからです)

 

 

良いこと・良くないことは、

別にしておかないといけません。

それが感情の整理、と言うものです。

 

 

ですから辞める前こそ、

その会社にお世話になったこと、学んだことを

しっかり思い出して、しっかり感謝をしましょう。

 

 

それをしないと、おそらく、次の会社も同じです。

それをしないから、新しい会社も数年で嫌いになり、

ブラック会社呼ばわりし、辞めたくなるのです。

 

 

そして、そう言う方たちが求めがちな

クリーンでホワイトな素晴らしい会社、

社員をどこまでも守ってくれて、

社員一人ひとりの個性と適性に合わせて、

ゆっくりと、伸び伸びと育ててくれる会社、

そう言う方たちが求める「当たり前の会社」。

 

 

私が見た中では、

そんな会社、ありません。

 

 

会社だけではなく、

学校や家庭も同じです。

そんな所、ありますか?

 

 

勿論、そう言う場所が存在して欲しいと思うし、

私も、そう言う場所を創りたいと思いますが

今この現実の中で、既に誰かがそう言う場所を

先に創っていて、あなたを待っている、

なんてことはありますか?

 

 

どこの家庭でも、どこの学校でも、

どこの会社でも、多かれ少なかれ、

矛盾はあります。

言ってることと、やっていること

ズレはあります。

 

 

私は、それは現代社会の価値観そのものが

まだ発展途上で、何かを誤っているので

家庭、学校、会社の中でも矛盾が生まれているのだ、

と今日の時点では思っています。

誰かのせいにしよう、とは思いません。

 

 

ですから、そんな夢のような会社は

今の時点では無い。

それが今の時点では悲しいですが、

当たり前なのかも知れません。

 

 

ホワイトでクリーンで一点の矛盾も無い会社、

課題の無い学校・家庭・人間関係というものは

今の地球上には、まだ存在しない、

という方が、当たり前かも知れません。

 

 

それをイチイチ目くじら立てて

正論を放っても、未熟な現代社会の前には

暖簾に腕押し、抜かぬ釘、と言うものです。

 

 

つまり、私たち一人ずつも、まだ未熟なのです。

未熟な私たちが形成した社会だから

グレーでブラックなのです。

 

 

でも、だからこそ

クリーンで、ホワイトな社会を目指すのが

『当たり前』なんじゃないんですか?

 

 

ここで一応断っておきますが、

クリーン&ホワイトって、課題のない完璧な状態

って意味ではないですよ。

 

 

私が言うクリーン&ホワイトとは、

自分の胸に常に手を当てながら、自分と向き合い

矛盾があれば矛盾として受け止め、素直に認め、

その矛盾を許した上で、改善に向かおうとすることであり、

課題や問題、グレー&ブラックな部分を

過激に攻撃することではないですよ。

 

 

この社会、今はグレー&ブラックですよ。

だから、クリーン&ホワイトを目指すのです。

今更、目の前の会社や人間社会がブラックだ!

と幻滅して、嘆いている暇はないです。

 

 

その会社が、あなたの会社ならば

あなたが創り替えてください。

 

 

その会社が、あなたの会社でなければ

あなた一人に出来ることは限られていますので、

社内で、自分の果たすべきミッションに

まず集中しましょう。

 

 

その状況でも満足できなければ、

辞めて別の会社にトライするのも良いでしょう。

 

 

それでもフェアなものを感じず、満足できなければ、

例えば、自分の責任で会社を創ってみたらどうですか?

その時、批評家目線以上の実践が

いかに難しいかが、身に染みて分かるはずです。

 

 

そのためには

まず自分自身が、クリーン&ホワイトでなければ。

まずは自分です。

会社や社会の構成分子の一人である自分が

クリーン&ホワイトになる。それが先です。

 

 

でも、たとえ自分一人だけがクリーンになっても

この世の中では誰も分かってくれないのでは??

 

 

そんな事はありません。

その時々の自分に合わせた出逢いが、必ずあります。

 

 

必ずって、なんで言い切れるの??と思うでしょうが

そこに証明や確証を求めて計算をしているうちに、

短い一回きりの人生は、日が暮れてしまいます。

石橋を叩いているうちに、人生が終わってしまうので、

それは(失敗を怖れず)信じ抜くしかないです。

確信を持って行動したことが現実に起きる、

それしか言い様がないです。

 

 

そうやって、世の中がクリーン&ホワイトに

なることを望む人が、自ら行動を起こして

自分の夢を曖昧な夢で終わらせず、

現実化していくことが出来るのも、

『当たり前』のお蔭だと私は思います。

 

 

今の社会の現実の有様という「当たり前」と

だからこそ人間は光を求めてゆくという『当たり前』

この二つの当たり前があるのです。

 

 

あとはどちらの『当たり前』を

あなたが選ぶのか?ということになります。

 

 

ちなみに、私は前者の「当たり前」は飽きたので、

後者の『当たり前』に行きたいと思います。