医師 黒木 弘明

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二〇二一年 一〇月一七日(日)

綴りごと 想いごと

幸せの足音

嫌な人に出くわしたとします。
それも貴方の幸せの前兆かも知れません。


嫌な人は自分と全く関係の無い人で
自分を傷つけるような悪人だと思えば、
嫌な人と遭ったことは完全に不幸です。


その考えによると、
貴方と、貴方の人生・貴方の存在する世界は
バラバラに分離していることになります。


おそらく、その考えが
貴方の心の中にネガティヴな
嫌な感情を呼び込んでいます。


ご存知のようにネガティヴとは
「否定の」という意味で、
私たちの中に嫌な感情が起きる時、
文字通り、私たちは否定しているのです。


何を否定しているのでしょうか?


それは、目の前で起きていることが
自分と関係があることを否定しているのです。


目の前に現れた嫌な人。
この人と私は何の関係も無い!
私と全く繋がってないのに
私の気分を害する人だから嫌い!
という具合です。


お気持ちは良く分かります。
しかし妙ですよ。


私たちは時々、
神社・仏閣・教会などに行ったり
新月や満月に向かって
祈ったり願い事をするではありませんか?


それは貴方が何らかの形で
この世界と繋がっている、
という前提でされていることですね。


貴方がこの世界と繋がりを持たず
分離していたら、お願いもお祈りも
することはないでしょう。


それどころか、
私たちと世界が本当に分離していれば
私たちは生きてゆけないはずです。


つまり、私たちは本当は
自分とこの世界が繋がっている
ということを知っているのです。


と言うか、それは当たり前です。


私たちはこの世界で生まれ、
この世界の空気を吸い、
この世界のものを食べて
この世界の中で生きているのですから。


私たちは、この世界の一部です。
この世界は、私たちの一部です。


しかし、何かの出来事に対して
人間的感情が反射的に反応してしまい


目の前に現れた嫌な人を
自分とは無関係として排除したくなって
自分とは繋がりのない人にします。


しかしその嫌な人も貴方と同じく、
この世界の一部なのです。


世界と自分の繋がりを否定するから、
文字通りネガティヴな感情が沸き立ち、
私たちは不自然な感情に苦しむ
という訳です。


貴方の目の前に現れた嫌な人。
お嫌でしょうが、この人も何らかの形で
貴方と関連があります。


その嫌な人は
貴方の世界を代表して
貴方に何をもたらしているはず。


細かく言うと、
ネガティヴな感情は、
貴方が抱いたものであって
その人が持ってきたものではありません。


では嫌な人が持ってきたものは
一体何でしょう?


貴方が嫌だと感じる人は
貴方にどんな問題提起をしていますか?


それは決して貴方に
無関係ではありません。
何かがあります。


貴方の中のネガティヴな思考を
貴方の抱いたネガティヴな感情によって
知らせてくれているはずです。


嫌な人によって、貴方の中の
ネガティヴな思考や思い込みが
炙り出され、中和されれば
貴方はまた一つポジティブになります。


あれ?この考え方変だな?
この考え方、かなり無理筋だな?
と気づけば中和です。
ネガティヴな思考は終わりです。


こうして貴方は、また一つポジティブになり、
貴方の世界と再び調和するので楽になります。


感情的には嫌な人ですが
それでも貴方に改善を促し、
貴方を楽にする道筋を
示唆してくれる人です。


貴方の人生に対して
印象的な役目を持った人なのに
すごく嫌われている人。
つまり嫌われ役です。


嫌いな度合いが強ければ強いほど
貴方の人生にもたらす役目も
大きいのかも知れません。


悪魔の顔をしたサンタクロースかも知れませんが、
サンタクロースの顔をした悪魔より随分ましですね。


貴方の世界は貴方を楽にして
幸せに導こうと、画策しています。


そんな訳で貴方の嫌な人は、
貴方の世界から送り込まれた
貴方の幸せの前兆ですよ。


でも無理に好きにならなくても良いです。
好きにはなれなくても
ありがとう。と心の中で言えば良いです。


ありがとう。と言えた時が
貴方が幸せを受け取り始めた時です。


え?今日も嫌な人に逢ったですって?
おめでとうございます。
幸せが、もうすぐそこまで来ております。