医師 黒木 弘明

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二〇一九年 六月二五日(火)

綴りごと 想いごと

失敗したくない

 

色々なご相談を受けます。

職業柄ということもありますが、

今の仕事に就く前の高校生くらいの頃から、

よく相談を持ちかけられるタイプでした。

 

 

相談を持ちかけてくる人のタイプは

二つしかありません。

 

 

「失敗したくないから相談に乗って欲しい」

「失敗してしまったから相談に乗って欲しい」

この二つです。

 

 

この二つのタイプ以外にも、

「失敗しつつある人のご相談」もありますが、

この場合は、ご本人が「失敗しつつある」ことを

気付いていなければ前者、気付いていれば後者です。

 

 

進路を選ぶ学生さんなどの相談は、主に前者が多く、

ある程度人生を重ねた方々の相談は、後者が多いです。

 

 

誤解を恐れず申し上げますと、

前者のご相談は、何をお答えしても難しいです。

 

 

なぜなら、その方は「失敗を怖れている」からです。

何が失敗なのか?は、人それぞれですが、

それが何であっても「怖れている人」は難しいのです。

 

 

怖れている。

それは「怖れに囚われている」状態です。

囚われの身である人には、

何を申し上げても、なかなか伝わりません。

 

 

怖れている状態を詳しく見ていくと

「怖れを自分で握りしめている」状態です。

 

 

怖れとは、

冷たいドライアイスのようなものです。

そんなものをずっと握りしめていたら、

当然のことですが、火傷をします。

 

 

だから本人は、心の火傷が痛い、と言って

(自分に残された殆ど最後の勇気を振り絞って※)

私たちにご相談をされます。

 

 

※ちなみに、怖れを抱いている人が、

他人に相談することは、とても勇気の要る作業です。

自分の中の怖れにエネルギーを吸い取られている中で

勇気を振り絞って、藁をもすがる思いで

我々にご相談されているのですから、

我々は、そのことをよく理解して対処すべきです。

いくら自分に患者様やクラインアントが沢山居ようと

一人一人の勇気を尊重しなくてはなりません。

 

 

ご相談者の方は、怖れという

ドライアイスで心に火傷をしています。

がしかし、そのドライアイスを

自分で気づかずに、ずっと握り続けています。

 

 

しかも、その怖れというものは、

実は、自分で生み出している場合が大半です。

 

 

つまり、怖れている状態とは

自分で生み出してしまった怖れを

自分でも気づかずに握りしめて、

それにより、自分で傷ついている状態なのです。

残念ながら、自ら怖れに囚われてしまっているのです。

 

 

このように、自分で知らないうちに

自分「が」傷ついてしまっている状態、

自分「を」傷つけてしまっている状態、

これにご自分で気付いて頂かないうちは

いくら何を申し上げても、事態は進展しません。

 

 

つまり、その状態を造り出してしまったのも

(意図的ではなかったにせよ)自分であること、

それゆえに、その状態から

立ち上がる鍵となるのも自分なのです。

 

 

まずこのことを当事者たるご本人が理解し、

さらに信じ抜いて頂けなければ

事態は一ミリたりとて前進しません。

 

 

ですから、こんな人はダメです。

「お金と時間を払ったんだから、なんとかしてくれ!」

「顧客である私を満足させてくれ!」

「私にだけ優しくして!」

 

 

何を何処で勘違いしたのか知りませんが、

お金を払えば、時間を払えば、自分は何もしなくても

専門家と呼ばれる誰かが自分の問題を

解決してくれる、助けに来てくれる、と思うのは

(お気持ちは分かるのですが)間違いです。

 

 

実はこれも、怖れに囚われている人の特徴で

自分(の可能性)を信じることが出来ないのです。

だから、お金や権威や他人の労力に依存するのです。

 

 

しかし、我々に言わせれば全くの逆です。

 

 

自分を信じていない人をどう助けるのか?

自分で治ろうとしない人をどう治すのか?

自分で癒えようとしない人は他人でも癒せないし、

自分を信じていない人に希望を与えるのは難しく

自分を知ろうとしない人には光が差し込む場所は無く

故に、自分から逃げる人には、効果的なお手伝いが

したくてもできない、というのが実態です。

 

 

ですから、怖れている人に対してのアプローチは、

非常に複雑です。根気が要ります。

 

 

まず「どんな怖れがご自身を蝕んでいるのか?」

をご相談者と一緒になって探します。

 

 

しかし、怖れと対峙するのは大変な作業です。

その為には、我々はご本人を安心させ、

リラックスさせなければなりません。

それは心理的なテクニックではなく、

最終的には、我々の人間性によってです。

 

 

次に「怖れが自分の中からどうやって生まれたのか?」

(自分で怖れを握り締めている証拠)を探します。

 

 

これも大変です。

怖れ(闇・病み)は、誰しも見たくないものです。

そこから目を逸らさずに自分を内観するのは

それなりに苦しい作業になります。

どんなに決意した人でも、弱い自分が出てきて

必ず途中で逃げ出したくなります。

それでも、我々は本人を支えなければなりません。

 

 

しかも、これだけでは不十分です。

この方々に「自分を信じること」を

覚えて頂かねばなりません。

 

 

自分を信じること、

それは、自分の可能性を信じること、

自分の将来を信じることです。

 

 

つまり、自分の(行動・思想・言動など)選択が

自分の人生を創り替えるのだ、ということを

心の底から信じて頂かねばなりません。

 

 

自分とは、社会の被害者ではなく、

自分を創造する唯一のクリエイターなのです。

 

 

自分は希望である、ということ。

希望の種は自分であるということ。

 

 

大半の苦しみや悩み、怖れの元が

これを信じられないことに在ります。

これは人間にとって大きな壁です。

 

 

自分という希望、自分の中にある希望、

希望として存在する自分。

人生とは、全てを思い通りにするのではなく

困難の中で自分を知り、自分を信じ、

希望を実現する体験の集積であるということ。

 

 

しかしながら、怖れに囚われている人に、

これを信じて頂くのには、容易ではありません。

 

 

どんな特殊能力も、テクニックも、説法も、

科学も、薬物も、結局は補助程度にしかなりません。

 

 

もっとも大きな作用をするのは、

我々の人間性でしか在りません。

相手は人間である限り、人間性を持って

向き合うしかないのです。

 

 

しかしそれでも、補助に過ぎません。

本人の信じる気持ち以上の決め手には、なり得ません。

 

 

つまり、相談をお受けする我々も

目の前の人の力になる為に

自分を信じてゆかねばなりません。

 

 

いくら自分を磨こうとも、上手くいくかどうかは

ご相談者の心次第、相手次第です。

私たちの経験、技術、資格、権威など無関係です。

 

 

何に確約もない、何の保証もない中であっても、

私たちも自分の可能性を信じて、

そして、ご相談者の可能性を信じて、

さらには人間の可能性を信じて、

私たちが向き合って行けるかどうか?

そこが試されているのです。

 

 

だから、これは単なるお悩み相談ではなく、

お互いの真剣勝負なのです。

 

 

全ての診察、全ての授業、全てのワークショップ、

全ての会話、全てのコミュニケーション、

全てがお互いの真剣勝負なのです。

 

 

人生において確約されているものなど、

一つを除いて、ありません。

 

 

唯一、確約されていることは、

私たちが生きているのは自分であり、

今であるということ。

今の自分の選択が自分を創っているということ。

それを体験するのが人生であるということ。

 

 

ですから、何でも思い通りにしたい、

とにかく失敗は避けたい、

失敗なんかしたくない、という怖れ自体が

実は、人生の定義から、はみ出しているのです。

 

 

本当は、その人の想いが

人生の定義から、はみ出している為に

そのサインとして「怖れ」というものが

生まれてしまうのです。

 

 

怖れている時、失敗したくないと思う時、

それは自分の人生から

はみ出しかかっている時です。

 

 

それと同時に、

自分の人生を取り戻す時でもあります。

 

 

怖れている人が自分を取り戻す、

そのお手伝いが、私たちの仕事です。

大変難しく、何の確約もない仕事ですが、

私はこの仕事を、誇りに思っています。