医師 黒木 弘明

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二〇二二年 一一月二九日(火)

綴りごと 想いごと

変わることの難しさ

なぜ自分を変えることが難しいのか?

について、僕なりに考えてみました。


結論から言うと
自分を変えるには


❶差し迫った実体験
❷置き換わるもの
❸協力者と時間
が必要かも知れない。


何でもかんでも変われば良い
と言うものではありませんが、


何かを乗り越えてゆく時や、
新しい自分になる時は、
その人は変容することになります。


しかし人間
それが難しい。


変わらなきゃ、と思うんだけど…
変わった方が良い、と判ってるんだけど…
変われば良いだけなんだけど…


それがなんとも
難しいのです。
何でだろ?


おそらく、変わると言う作業の中に
手放すという作業が含まれている
からじゃないかな?


獲得することよりも
手放すことのほうが難しい。


買うことよりも
断捨離の方が難しい、のと同じ。


恋人同士がお付き合いを始めるよりも
お別れすることの方が打撃が大きい、
それと同じ。


しかも手放すものが
長年自分が慣れ親しんだものなら
尚のこと、難しい。


仮に、あなたの何かしらの
行動や思考パターンが
あなたの心身を不健康にしている
と科学者に言われたとしても


あなたがその行動や思考に
長年慣れ親しんでいて、それらに
それなりのメリットを感じているならば


その行動や思考パターンを
捨て去ることは難しいだろう。


しかし、長年の積み重ねで
あなたの行動や思考パターンが
あなたの心身に明らかに
良からぬ影響を及ぼしてきたことが
あなた自身にも分かるようになって、


なおかつ、あなたがこれまで
感じてきたメリットよりも
デメリットの方が明らかに
上回ってきたと感じた時、


そして何度もデメリットが噴出し
事態がかなり差し迫ってきた時、
他の方法では誤魔化せなくなった時、


その時はじめて
あなたは自分が変容することを
考えはじめるのだと思います。


つまり、変容には
実体験としての差し迫った事態
が必要なのだろう。


だがそれだけでも
変容することは難しい。


これまで自分を支えてきた
行動や思考になり代わって


何か新たに自分のメリットとなる
行動や思考が見つからなければ、
おそらく変容する気になれない。


イメージとしては
これまでの保護者と訣別する時には
新しい保護者を求めるのと似ている。


これまでの行動や思考パターンを
手放すだけでは変容できず、


手放した後に生まれる空白に
新たな行動や思考パターンに
置き換えてゆく見込みがないと


変容しようと言う気が起きない
そんな人が多いはず。


変容には
置き換わるもの
も必要なのだろう。


そして、その新しい自分に
置き換わる行動や思考を
手に入れるためには、


きっと
協力者と時間
も必要なのだろう。


ある時、ある人に
ふと言われた言葉が
ヒントとなって変容し始める人
も居るだろうし、


ふと立ち読みした本や
見かけたブログに着想を得て
変容し始める人だって居るし、


辛い体験を何年も何十年も重ねて
変容し始める人だって居るだろう。


みんなそれぞれのタイミングで
変容したい時にすれば良いさ。


何度もずっこけたり
何度も同じ所でつまづいたり
何度も同じ繰り返しをしたとしても


今だ!と言う条件が揃う時が
必ずやって来るから


その時にあなたの望み通りに
新しい自分になってゆけば良いさ。


❶差し迫った実体験 と
❷置き換わるもの と
❸協力者と時間 を得て、
あなたは乗り越えてゆけば良いさ。


くれぐれも言っておくけど
あなたは是が非でも自分を
変えなきゃいけない訳じゃなくて


あなたが自分を新たにしたいと
心の底から感じた時に
自分を新調してゆくだけなんだよ。


そしてそういう時って
大体必要な条件が整うんだ。
だから心配ない、大丈夫。


そして無理すんなよ。
何度でもトライしたら良いさ。


険しい道のりの中で
何の根拠も無いけど
自分は大丈夫な感じがした時


それがあなた自身を
自分で信頼している時だから。


それが大丈夫な時の
はじまりだから。


その信頼が
愛のはじまりだから
それがチャンス。